写真で読み解くニュース英語 #23 Deal

世界中で報道されるニュースを、英語で読んでみたくありませんか?
このコラムでは、旬なニュースを写真で紹介し、そのテーマについて解説しながら、英語でニュースを読む手助けになるように関連する単語や表現を取り上げます。環境問題やジェンダー平等など、世界中が抱える課題に触れながら、英語学習にお役立てください!
強気の「ディール(取引)外交」に揺れる世界

大統領就任式で宣誓するトランプ米新大統領。ワシントンD.C.、アメリカ合衆国。2025年1月20日。代表撮影/ロイター/アフロ
1月20日、ドナルド・トランプ氏がアメリカの第47代大統領に就任しました。ワシントンD.C.で行われた inauguration「就任式」で、新大統領はバイデン前政権からの major policy shift「政策の大転換」を強調、多くの支持者の前で executive order「大統領令」に署名するパフォーマンスを見せました。これには地球温暖化対策の国際的な枠組みである Paris Agreement「パリ協定」や、World Health Organization(WHO)「世界保健機関」からの離脱が含まれます。 新政権に対する期待と懸念が交錯する中で、世界中がトランプ氏の動向に注目しています。
トランプ大統領の政治手法を象徴する英単語を一つ挙げるとすれば、みなさんは何を選ぶでしょうか? 私なら deal です。「約束、合意」などの意味で、agreement よりもカジュアルな単語です。また、「駆け引き、取引」のように貪欲に利益を追求するニュアンスを伴うこともあります。実際、相手国に要求を突きつけて compromise「譲歩」を引き出すのはトランプ氏の常套手段で、メディアはこれを “Trump deal” と呼んでいます。言い換えれば、theatrical「劇場型」で sensational「煽情(せんじょう)的」な transactional diplomacy「取引外交」です。単刀直入に coercive diplomacy「強制外交」と表現されることもあります。
世界を騒然とさせているトランプ・ディールとは、具体的にどのようなものでしょうか? まず、アメリカの national interest「国益」の追求において、geopolitical「地政学上の」重要な地域をめぐる駆け引きを特徴とします。トランプ大統領は、Arctic region「北極圏」に位置するデンマーク自治領 Greenland「グリーンランド」の買収を目指すとして世界を驚かせましたが、その背景にあるのが resources development「資源開発」です。北極圏では地球温暖化による氷の融解で金属や石油などの地下資源へのアクセスが向上しつつあり、ロシアや中国も資源開発を目指しているとされています。デンマークのフレデリクセン首相は、トランプ大統領の提案を拒否しました。
世界の海上輸送の要衝である Panama Canal「パナマ運河」をめぐっても、トランプ大統領は toll「通行料」が高額だと主張し、アメリカが運河を管理すべきだとしています。1914年の開通以降、パナマ運河はアメリカが管理していましたが、anti-American sentiment「反米感情」への対応として1977年にパナマへの reversion「返還」が合意され、1999年末に返還条約の効力が発生しました。 トランプ大統領の主張はこの問題を再燃させるものです。パナマのムリーノ大統領はこれに反発、現地では反米デモも発生しました。
トランプ・ディールは、tariff「関税」を武器とした countermeasure「対抗措置」も特徴とします。アメリカへの illegal immigrants「不法移民」や drug smuggling「麻薬密輸」を取り締まるために、トランプ大統領はメキシコとカナダからの輸入品に25%の関税を、中国製品に10%の追加関税を課すと表明しました。但し、メキシコとカナダが border control「国境警備」の強化に応じたため、両国に対して当初2月4日に発動予定だった追加関税は1カ月間延長されました。一方、中国に対しては予定通り実施されたことから、中国は retaliatory tariff「報復関税」の導入やWTOへの提訴を行うとしています。グリーンランド問題についても、大統領はデンマークが売却に応じない場合は高関税を課す可能性を示唆しています。
民間企業活動への intervention「介入・干渉」も、トランプ・ディールの特徴だと言えるでしょう。日本にとっては対岸の火事ではなく、Nippon Steel(日本製鉄)によるU.S. Steel(U.S. スチール)の acquisition「買収」は難航しています。この買収交渉は、アメリカ鉄鋼産業の symbol「象徴」である同社が foreign capital「外国資本」に渡ることを意味するため、一部のアメリカ国民のナショナリズムを煽(あお)る状況となっています。昨年12月、大統領は自身のソーシャルメディアの投稿で、日本製鉄による買収に反対を唱えました。発言の背後には、国民感情を leverage「てこ」として交渉を有利に進めたい意図がうかがえます。
トランプ大統領の言動を彼個人の資質に結びつけることは簡単ですが、その背景にあるアメリカの変遷をとらえることが、問題をより的確に理解する上で重要だと筆者は考えます。特に、第二次世界大戦後にアメリカが hegemonic power「覇権国」として掲げてきた基本的な理念に変化が生じていることに注目すべきでしょう。
経済面では、free trade「自由貿易」から trade protectionism「保護貿易」への変化を見て取ることができます。冷戦下の東西対立はあったものの、西側主導で資本主義経済が発展し、経済活動は国境を越えてグローバル化しました。しかし、それはアメリカ国内産業の没落をもたらした側面があります。自動車や鉄鋼など、かつての strong America「強いアメリカ」を象徴してきた産業は、国際競争の中で competitiveness「競争力」を失い、政治に対して保護主義的な貿易政策を求めるようになりました。
政治面では、トランプ氏に代表されるような政治家がグローバル化の影響にさらされる有権者層を取り込む流れが加速し、対外的には multilateralism「多国間協調主義」から unilateralism「一国主義」への変化となって表れています。トランプ氏のスローガンである America First「アメリカ第一主義」とは、アメリカ自身の地位が相対的に低下していることの裏返しだと考えることができるでしょう。一方、その副産物として、アメリカ社会のさまざまな側面で exclusionism「排斥主義」が広がっていることが深刻な懸念となっています。
安全保障面では、いわゆる global policeman「世界の警察官」(皮肉を込めて Globocop とも呼ぶ)から isolationism「孤立主義」あるいは selective engagement「選択的関与」への変化が見られます。欧州について、トランプ大統領は North Atlantic Treaty Organization(NATO)「北大西洋条約機構」へのアメリカの負担軽減を求めています。日本との関連では host nation support for U.S. Forces in Japan「在日米軍駐留費負担」の問題があります。現状では米軍のプレゼンスそのものを縮小する兆しはありませんが、新政権下で日本は負担増を迫られる可能性が指摘されています。
では、アメリカを再び国際協調路線に巻き込む手段はないのでしょうか? そのために日本には何ができるのでしょうか? さまざまな価値観を持つ多くの国々が参加する国際社会では、個別の deal ではなく共通の rule「原則」が必要です。前回のコラムでも述べたように、国境を越えた地球規模の課題が山積する中で、Global South「グローバルサウス」の協力なしには問題解決が不可能な時代になっています。バイデン政権の否定と America First だけでは、トランプ大統領は自ずと限界に直面するでしょう。
日本は良好な日米関係に基づいて、トランプ政権に対して国際協調の重要性を粘り強く説くべきでしょう。大統領が就任当日にパリ協定やWHOからの離脱を表明するなど、事態は理想とは真逆の方向にありますが、日本がさまざまな場面でアメリカと各国の「橋渡し役」を果たすことができれば、それは日米双方の国益に適うはずです。とはいえ、日本の力だけでは限界があります。トランプ大統領の周りに、多国間協調主義の重要性を理解する優れた外交専門家が集まることを切に願います。
著者の紹介
内藤陽介
翻訳者・英字紙The Japan Times元報道部長
京都大学法学部、大阪外国語大学(現・大阪大学)英語学科卒。外大時代に米国ウィスコンシン州立大に留学。ジャパンタイムズ記者として環境省・日銀・財務省・外務省・官邸などを担当後、ニュースデスクに。英文ニュースの経験は20年を超える。現在は翻訳を中心に、NHK英語語学番組のコンテンツ制作や他のメディアに執筆も行う。