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このコラムでは、旬なニュースを写真で紹介し、そのテーマについて解説しながら、英語でニュースを読む手助けになるように関連する単語や表現を取り上げます。環境問題やジェンダー平等など、世界中が抱える課題に触れながら、英語学習にお役立てください!

個人情報、国に預けて大丈夫?

首相官邸で、マイナンバー制度について記者団の取材に応じる岸田文雄首相。2023年8月24日。写真:竹内幹/ アフロ

日本に住む人に与えられる personal identification number「個人識別番号」である My Number「マイナンバー」(総務省は外国人向けに Individual Number と案内・My Number は日本でしか通じない和製英語)をめぐるトラブルが絶えません。政府がマイナンバーカードと health insurance certificate「健康保険証」との一体化や、銀行口座と link「紐づける」ことを目指す中で、別人の情報に結び付けられる事例が多数報告されています。理論的にはカード1枚で個人の医療情報や資産情報を一元的に見通せることから、マイナンバー制度に対する国民の distrust「不信感」が高まっています。それゆえ、行政機関や健保組合などによる personal information security「個人情報保護」をさらに図ることが喫緊の課題となっています。

マイナンバーとは日本に住民票がある人を識別する12桁の固有のID番号で、マイナンバーカードには氏名・生年月日・性別・住所・顔写真などの基本的な個人情報が含まれます。カードを発行することで、本人確認ができたり各種の証明書を取り出せるなどの convenience「利便性」が生まれ、本来、カードの発行は optional「任意」とされていますが、政府はその使用範囲を拡大することに躍起になっています。6月に成立した改正マイナンバー法は、2024年秋にマイナンバーカードと健康保険証を一体化し、その1年後には保険証を全面廃止するとしています。このことで、カードの発行は実質的に obligation「義務」になるでしょう。総務省によれば、今年8月時点でのマイナンバーカード普及率は71%台となっています。

これまでに問題となった個人情報の breach「侵害」や leak「漏洩」には、どのような事例があるのでしょうか? トラブル別に要約すると、1)コンビニで別人の証明書が出る、2)保険証に別人のデータが含まれる、3)公金受取口座に本人ではない口座が登録される、4)マイナポイントが別人に付与される、5)マイナポータルに別人の年金記録が記載される、6)同姓同名の別人のマイナンバーカードが交付される、などが報告されています。

このような状況にもかかわらず、国はマイナンバーカードをめぐるトラブルは at your own risk「自己責任」だとしています。任意のカードなので国がすべて責任を持つ必要はないというのです。しかし、一連のトラブルに対する政治責任は免れません。河野太郎デジタル相は8月15日の記者会見で、resignation「辞任」を否定しつつも自身の閣僚給与3カ月分(43万円程度とみられる)を自主返納する意向を明らかにしました。しかし、これは問題への根本的な対処や責任の取り方とは言い難く、概ね slap on the wrist「手ぬるい叱責」と受け止められています。

一部ではマイナンバーカードを surrender「返納する」動きも見られます。デジタル庁によると、カードを返納した件数は発行を開始した2016年からの7年間で47万件、トラブルが盛んに報じられた6月だけで2万件に達したとのことです。ただし、カードを返納したからといって、いったんマイナンバーと紐づけられた健康保険証や銀行口座の情報が自動的に消えるわけではありません。急速に進む社会の digital transformation「デジタル化」(いわゆるDX)を考えれば、マイナンバーを利用して行政、医療、税などの手続を効率化することは避けて通れないものでしょう。ただし、政府による個人情報の管理は万全とは言い難く、依然として多くの人が不安を抱いています。

個人情報を管理・運用する上でのセキュリティ強化は当然必要ですが、マイナンバー問題を大きな視点で見れば、私たちが抱く不安の本質とは、individual freedom「個人の自由」と state surveillance「国による監視」のバランスではないでしょうか。自由の根幹は個人の独立性で、それを司る個人情報は他者には知られたくないものです。海外の事例でも、個人識別番号制度が国による管理との緊張関係を保ちながら発展してきた国があります。

例えば、liberalism「自由主義」発祥の地であるイギリスは、過去に国民IDカード法を廃止した経験があります。現在、イギリスの番号制度は分野別に設けられていて、National Insurance number(NINO)「国民保険番号」や National Health Service number(NHS number)「国民医療制度番号」が使われています。2000年代にはテロ防止などの観点から、「IDカード法」の導入が検討され、2006年に成立しました。指紋や顔写真、住所、氏名をデータベース化して、それに基づき携行義務のあるIDカードを発行、IDカードとデータベースと照合することにより、本人確認ができるようにしたのです。しかし、このIDカード法は2010年に政権交代によって廃止されました。これは多くのイギリス国民が新制度を国による管理の強化ととらえて強い抵抗感を示したものです。

一方、北欧では個人番号制度が順調に発展してきました。手厚い social security「社会保障」で知られるスウェーデンは、第二次世界大戦後間もない時期に個人識別番号を導入しました。スウェーデンは1947年に Personal Identity Number(PIN)を導入し、1960年代後半にはデジタルデータ化が始まりました。また、デンマークでは1968年から CPR と呼ばれる識別番号が使われています。どちらの国でも、出生直後に番号が割り振られ、生涯変わることがなく、さまざまな公共・民間サービスに識別番号が必要となるため、それらなしでは生活できないとされています。個人認証のインフラを充実させることで、行政は転入・転出、医療、税、教育、年金などの手続を一体として国民に提供することができます。また民間では、銀行口座開設、ローン契約、不動産契約、携帯電話の契約など、本人確認が重要となる手続を迅速に進めることができます。これは利用者にとっても大きなメリットになるでしょう。

また、国際情勢から国民統制の一環として個人番号制度を取り入れた国もあります。韓国は digital government「電子政府」の先進国ですが、その発端は北朝鮮との敵対関係でした。1962年に「住民登録法」に基づいて識別番号が付与されはじめましたが、1968年には北朝鮮 commando「特殊部隊」による大統領府襲撃未遂事件が発生し、これを機に北朝鮮の agent「工作員、諜報員」を識別するため18歳以上の国民全員に「住民登録証」が発行されるようになりました。2000年代には金大中大統領が主導する形で本格的な行政のデジタル化に着手し、後の政権によって現在の広範囲にわたる電子政府サービスが確立されました。一方、韓国では住民登録番号の独自の利用方法も見られました。2011年に青少年のゲーム中毒を減らす目的でいわゆる game shutdown law「ゲームシャットダウン法」が導入され、16才未満の青少年が午前0時から午前6時までの深夜にオンラインゲームに接続できなくするよう、運営業者による本人確認が義務づけられました。ただし、企業が住民番号を収集することへの懸念の声が上がり議論を呼んだ結果、この制度は10年後に廃止され、現在は保護者と子供がゲーム時間を選択できる制度に移行しています。

このように、国による個人情報の管理・運用に唯一の正解はなく、日本は日本にとってベストのバランスを探るしかありません。自由民主主義を謳う日本では、自由と管理は車の両輪となって進まなければならず、そのためにはさらなる国民的な議論が必要です。ところが政府は問題の本質に触れることはせずに、法律で健康保険証の廃止を決め、カード発行や紐づけに対する reward points「ポイント還元」などの immediate profit「目先のメリット」を強調することで、マイナンバー制度による個人情報の一元的管理をなし崩しに進めているように見えるのです。

著者の紹介
内藤陽介
翻訳者・英字紙 The Japan Times 元報道部長
京都大学法学部、大阪外国語大学(現・大阪大学)英語学科卒。外大時代に米国ウィスコンシン州立大に留学。ジャパンタイムズ記者として環境省・日銀・財務省・外務省・官邸などを担当後、ニュースデスクに。英文ニュースの経験は20年を超える。現在は翻訳を中心に、NHK英語語学番組のコンテンツ制作や他のメディアに執筆も行う。