世界中で報道されるニュースを、英語で読んでみたくありませんか?

このコラムでは、旬なニュースを写真で紹介し、そのテーマについて解説しながら、英語でニュースを読む手助けになるように関連する単語や表現を取り上げます。環境問題やジェンダー平等など、世界中が抱える課題に触れながら、英語学習にお役立てください!

「冤罪」、誰にでも起き得る……

袴田事件の再審開始を東京高等裁判所が決定し、喜ぶ日本プロボクシング協会袴田巌支援委員たち。「再審開始」の幟(のぼり)を持った女性の後ろの男性から右に向かって、本田秀伸氏、新田渉世氏、真部豊氏、戸舘圭之弁護士、松岡修氏。2023年3月13日、東京高等裁判所。Photo by Hiroaki Yamaguchi / AFLO

1966年に静岡県の味噌製造会社の専務一家4人が殺害された事件で、強盗殺人罪などで死刑を宣告されていた袴田巖さんの retrial「再審」の開始が確定しました。高裁が下した再審開始の決定に対して、prosecutors「検察」が先月、最高裁への special appeal「特別抗告」を断念したためです。今後開かれる再審で、袴田さんは無罪となる見通しです。

このいわゆる Hakamata case「袴田事件」は、death penalty「死刑」から一転して innocence「無罪」となる最も重大かつ深刻な wrongful conviction「冤罪(えんざい)」として、戦後日本の犯罪史に名を残すでしょう。過去の同種の事件としては、免田事件(1948年)、財田川事件(1950年)、島田事件(1954年)、松山事件(1955年)がありました。

冤罪とは、犯罪を行っていないにもかかわらず convicted「有罪判決を受ける/有罪とされる」ことです。冤罪はさまざまな犯罪で起こり得るものであり、冤罪被害者の人生に多大な影響を与えます。特に上記の免田事件から始まる4つは死刑冤罪事件という点で、戦後半世紀以上を経た今でもしばしば大きく取り上げられています。

なぜ冤罪は起こるのでしょうか? 日本の99%を超える conviction rate「有罪率」に目を向けてみましょう。これは他の先進国と比べても突出して高い数字です。言い換えれば、「日本では、逮捕されて裁判にかけられると、ほぼ確実に有罪判決を受ける」のです。警察や検察の investigation「捜査」や evidence gathering「証拠収集」が適正に行われているとすれば、日本は驚くべき精度を持つ criminal justice system「刑事司法制度」を有していることになります。

しかし、冤罪が生じる背景として、捜査上の誤認や適正とはいえない手段が取られてきたことも明らかになっています。上記の死刑冤罪事件の多くでも、interrogation「取り調べ」段階における forced confession「強要された自白」や false confession「虚偽の自白」が問題となり、最終的には自白調書の信用性が否定されました。当時の密室における暴力的な取り調べも裁判を通して明らかになりました。こうした過ちが繰り返されないよう、刑事司法においては transparency in interrogation「取り調べの可視化」が一層求められているのです。

冤罪は日本だけの問題ではありません。例えば、アメリカでは驚くべき数の事例が明らかになっています。National Geographic 誌が2021年3月に報じた冤罪に関する記事では、1973年以降、アメリカで8700人以上が死刑を宣告されたこと、そして “At least 182 weren’t guilty.”「少なくとも182人は罪を犯していなかった」ことが述べられています。記事はさまざまな角度から冤罪被害者を分析し、race「人種」による偏重とも言えるアメリカ特有の問題点を浮き彫りにしました。冤罪被害者全体の半数を超える94人が黒人で、次いで白人69人、ラテン系17人、アジア系1人、アメリカ先住民1人となっています。記事はまた、不適切な捜査や虚偽の自白などが誤った判決を招く要因になったことも指摘しました。

日米の状況を見ただけでも、冤罪は制度を運用する人間の問題、中でも捜査官の不正行為が大きな部分を占めることがわかります。それ故に、1980年代中頃から英米で使われ始めた DNA analysis「DNA鑑定」などの科学的証拠認定と、その適正な運用が欠かせません。実際、前述の記事はDNA鑑定によってアメリカで冤罪の状況が改善していると指摘しています。1989年から2020年12月までに、死刑を含む有罪判決の冤罪事件全体で、2700人以上がDNA鑑定によって exonerated「身の潔白が証明された」とのことです。

袴田事件が発生したのは57年前です。当時の刑事司法の誤った運用が袴田さんの人生を大きく狂わせましたが、これを是正するには余りに長い年月を要しました。前述の記事の中で、アメリカで冤罪が認定された一人は次のように語っています。

“That’s when I realized that if it could happen to me, it could happen to anyone.”「その時私は気づきました、私に起きるのであれば、誰にだって起きうるのです」

この言葉が語るように、冤罪の恐ろしさは、それが誰にでも降りかかる可能性があるという点にあります。たとえ自身が無実であっても、誰かの虚偽の証言や警察の誤った捜査によって、突然平和な日常を奪われてしまうことがあり得るのです。私たちは常にその危険性を意識し、冤罪の問題に向き合う必要があります。

著者の紹介
内藤陽介
翻訳者・英字紙The Japan Times元報道部長
京都大学法学部、大阪外国語大学(現・大阪大学)英語学科卒。外大時代に米国ウィスコンシン州立大に留学。ジャパンタイムズ記者として環境省・日銀・財務省・外務省・官邸などを担当後、ニュースデスクに。英文ニュースの経験は20年を超える。現在は翻訳を中心に、NHK英語語学番組のコンテンツ制作や他のメディアに執筆も行う。旬な時事英語を解説する「内藤陽介のニュース英語塾」で情報発信中。