世界中で報道されるニュースを、英語で読んでみたくありませんか?

このコラムでは、旬なニュースを写真で紹介し、そのテーマについて解説しながら、英語でニュースを読む手助けになるように関連する単語や表現を取り上げます。環境問題やジェンダー平等など、世界中が抱える課題に触れながら、英語学習にお役立てください!

揺らぐ「犯罪抑止力」としての死刑存置

パキスタン人権委員会(HRCP)の活動家たちは記者クラブ前で「死刑廃止」のプラカードを手に抗議活動を行った。「第20回世界死刑廃止デー」のこの日、HRCPと国際人権連盟(FIDH)は、パキスタンにおける死刑に関する報告書を発表した。パンジャブ州ラホール、パキスタン。2022年10月10日。ZUMA Press / アフロ

日本では昨年11月、当時の justice minister「法務大臣」による death penalty「死刑」に関する発言が大きな批判を招きました。葉梨康弘・前法相は自身の職務について、「死刑のはんこ押すだけの地味な仕事」と議員の会合で述べ、後に死刑を軽んじる発言だとして事実上更迭され、辞任しました。

この発言は、execution「死刑執行」を authorize「許可する」立場にある法務大臣として、非常にお粗末なものでした。しかし一方で、私たちが死刑制度について大きな関心をもっているのかと問われれば、決してそうではないでしょう。アムネスティ・インターナショナルの2021年の資料によれば、世界196ヵ国のうち144ヵ国が事実上死刑を廃止していますが、日本は今も死刑制度を維持しています。このことは、日本人の中に死刑を是認する思想があることを示しています。古来の「打ち首」や「敵討」の時代から、私たちの処罰感情は大きく変わっていないのかもしれません。

洋の東西を問わず、死刑は罪人を死に処する最も厳しい capital punishment「極刑」とされてきました。前近代社会では、beheading「斬首刑」や hanging「絞首刑」などが public execution「公開処刑」として行われました。今でも英語には、gallows「絞首台」に罪人を送ることに由来する、send someone to the gallows「~を絞首刑にする」という表現があります。

人類の有史以来、死刑制度はさまざまに形を変えながら脈々と続いてきましたが、現在ヨーロッパ諸国のほとんどが死刑を abolish「廃止する」措置を講じています。死刑がヨーロッパ連合の定める European Convention on Human Rights「欧州人権条約」の第3条、prohibition of torture「拷問の禁止」に違反するためです。国連も死刑廃止条約を打ち出したことから、現在の国際社会では死刑を廃止または制度を維持しながらも事実上行っていない国が半数を超えています。ただし、イランでは今も公開処刑が行われていますし、アフガニスタンにおけるタリバンのような武装勢力の統治地域では、死刑の把握は困難です。

一方で、アメリカ、中国、日本、台湾、シンガポールなどの国は、死刑を maintain「維持する」状況が続いています。死刑制度を有することと実際に死刑を執行するかどうかは各国の政権や司法の判断にもよると言えますが、少なくとも日本では死刑執行が行われ、またその是非が national debate「国民的議論」につながることもありません。

死刑には、heinous crime「凶悪犯罪」を犯した者を極刑に処することで犯罪の deterrence「抑止力」とし、maintain social order「社会秩序を維持する」目的があります。この点について、日本では一定の賛同が得られていると考えられます。また、犯罪被害者やその家族にとっては relief「心の安寧」をもたらす意味合いがあることから、死刑を維持すべきだという世論も根強く存在します。これは retributive justice「応報的正義」の考え方によるものです。

しかし、public authority「公権力」が public interest「公共の利益」を守るために個人の命を奪ってもよいのか、という根本的な問いが消えることはありません。また、いったん死刑が執行されてしまえば、たとえ後からそれが false accusation「冤罪」だと分かっても、無罪の人の命を取り戻すことはできないという問題もあります。死刑廃止論と死刑賛成論のどちらにも納得できる根拠があり、この長い論争は絶えることなく今後も続いていくでしょう。

このような問題に対して、筆者がここで一方の主張に偏った意見を述べるのは適切ではありません。その代わりとして、死刑制度の最も大きな存在理由である「凶悪犯罪に対する抑止力」が疑わしくなるような犯罪が近年増え続けていることを指摘して、本稿を結びたいと思います。

それは extended suicide「拡大自殺」と呼ばれる事例です。個々のケースで経緯はさまざまですが、murder-suicide「他者を巻き添えに自らの命を絶つ」、desire to be executed「死刑になることを望んで」他者を殺す、などの行為がこれに相当します。銃乱射事件や通り魔殺人などの random killing「無差別殺人」は、その目的を達成するための短絡的な手段だと言えるでしょう。こうしたいわゆる people with nothing to lose「失うものがない人」(最近のネットスラングで言う「無敵の人」)の出現をどう食い止めるのか、死刑制度の是非とは異なる次元の解決策を現代社会は必要としているのです。

著者の紹介
内藤陽介
翻訳者・英字紙The Japan Times元報道部長
京都大学法学部、大阪外国語大学(現・大阪大学)英語学科卒。外大時代に米国ウィスコンシン州立大に留学。ジャパンタイムズ記者として環境省・日銀・財務省・外務省・官邸などを担当後、ニュースデスクに。英文ニュースの経験は20年を超える。現在は翻訳を中心に、NHK英語語学番組のコンテンツ制作や他のメディアに執筆も行う。