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このコラムでは、旬なニュースを写真で紹介し、そのテーマについて解説しながら、英語でニュースを読む手助けになるように関連する単語や表現を取り上げます。環境問題やジェンダー平等など、世界中が抱える課題に触れながら、英語学習にお役立てください!

「異次元の少子化対策」は「こども家庭庁」の発足で実現されるのか?

子育て交流サロン「赤ちゃん天国」を視察する岸田文雄首相(右)。東京都中央区の区立新川児童館。2022年5月12日(代表撮影) 毎日新聞社/アフロ

急速に進む declining birthrate「少子化」の中で、4月1日から the Children and Families Agency 「こども家庭庁」が発足します。その意味で、2023年は child welfare「児童福祉」が注目される1年になるでしょう。welfare は行政政策としての「福祉」と考えられがちですが、その根本的な意味は「幸せ、安寧」です。それゆえ child welfare は、広く「子どもの幸せ」ととらえることができるでしょう。

「こども家庭庁」は、従来の子ども行政における sectionalism「縦割り」を是正し、迅速かつ効果的な対応ができる体制に集約することを目指しています。現状では、school education「学校教育」は文部科学省、after-school childcare「学童保育」は厚生労働省に分かれています。また、child poverty「子どもの貧困」対策としての children’s cafeteria「子ども食堂」には農林水産省も関わっています。さらに親の家計への経済支援を含めれば、経済産業省や財務省などの経済官庁も児童福祉の一翼を担っていると言えるでしょう。

一方で、child abuse「児童虐待」や child neglect「育児放棄」の問題では、厚労省の管轄下にある child consultation center「児童相談所」と警察との連携不足のために、不幸な事件が繰り返し起こってきた経緯があります。多くの事件のニュースから浮かび上がる行政の対応は、真に children first「子ども本位」の体制がとられていたのかどうか、大いに疑問がわくものでした。

「こども家庭庁」は Cabinet Office「内閣府」の外局として位置づけられ、大きく子どもたちや子育て当事者の視点に立ち政策を立案する「企画立案・総合調整部門」、妊娠・出産の保健や医療、就学前の養育環境などを整備する「成育部門」、貧困や障がいなどのさまざまな困難を抱える子どもたちを支援する「支援部門」の三部門に分かれます。同庁には、これまで複数の省庁にまたがっていた行政事務を一元的に調整する control tower「司令塔」としての役割が期待されています。

しかし、その発足前から「こども家庭庁」には大きな問題がありました。当初の「こども庁」という名称案に「家庭」を加える変更がなされたのです。報道によれば、名称をめぐって一部の国会議員によるさまざまな lobby「働きかけ」が政府に対して行われたとされています。その主な論点は、「子育てに対する家庭の役割を重視した名称にするのが望ましい」というものでした。名称変更は、「子どもは家庭で育てるものだ」という traditional family view「伝統的家族観」を重んじる自民党の conservatives「保守派」に対する配慮だったとも報じられています。

これは単に名称の問題にとどまらず、子どもの幸せを最優先にすべき同庁の方向性を左右することにもつながりかねません。例えば、子どもに対する domestic violence「家庭内暴力(DV)」の被害が後を絶たない理由の一つとして、「家庭」という縛りがあることで行政は parental rights または custody「親権」に阻まれ、子どもを individual「個人」として扱うことができず、結果としてDVから救済できないという現実があります。子どもは家庭の付随物ではなく、一人一人が dignity「尊厳」をもつ個人です。家庭だけでなく社会全体で子どもを育てる国を目指すのであれば、「家庭」を看板に付け足すことは本当に必要だったのでしょうか。

さまざまな事情のために「伝統的家族観」の枠の外に置かれた子どもを支援することこそが、同庁の真の役割だと筆者は考えます。DVの他にも、children born out of marriage「婚外子」の問題が存在します。従来 single parent「ひとり親」に対する行政支援は行われていますが、「非婚」をめぐる社会制度上、通念上の差別は消えません。例えば、婚外子に対する discrimination in inheritance「相続差別」が解消され、嫡出子・非嫡出子の相続額が同じになったのは、最高裁の違憲判決を受けた2013年のことです。

これに対して、フランスやスウェーデンでは1970年代から common-law marriage「事実婚」などカップルの在り方について多様化が進み、婚外子の増加が出生率の下支えとなってきたという研究結果も出ています。これらの国では、どの立場の子どもも平等に扱われています。

岸田首相は少子化対策について、different dimension「異次元」の政策をとることを表明しました。その手始めとして、child allowance「児童手当」の所得制限を撤廃し、支給対象年齢も18歳まで引き上げることが検討されています。ただし、旧民主党政権が所得制限のない「子ども手当」の導入を目指したときに当時の自民党がこれに激しく批判したことから、今回の政策との過去との整合性が問われています。

「こども家庭庁」との関わりでは、「成育部門」がこうした手当の具体的検討を進めることになるでしょう。一方で、「支援部門」は生育に関連する差別の解消など、社会的な面での児童福祉を担っていきます。首相が掲げる「異次元の少子化対策」は、多方面にわたって困難が伴う挑戦です。「こども家庭庁」が単なる行政の境界線の引き直しにならないことを強く願います。

著者の紹介
内藤陽介
翻訳者・英字紙The Japan Times元報道部長
京都大学法学部、大阪外国語大学(現・大阪大学)英語学科卒。外大時代に米国ウィスコンシン州立大に留学。ジャパンタイムズ記者として環境省・日銀・財務省・外務省・官邸などを担当後、ニュースデスクに。英文ニュースの経験は20年を超える。現在は翻訳を中心に、NHK英語語学番組のコンテンツ制作や他のメディアに執筆も行う。旬な時事英語を解説する「内藤陽介のニュース英語塾」で情報発信中。