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このコラムでは、旬なニュースを写真で紹介し、そのテーマについて解説しながら、英語でニュースを読む手助けになるように関連する単語や表現を取り上げます。環境問題やジェンダー平等など、世界中が抱える課題に触れながら、英語学習にお役立てください!

AIと共存する時代に問われる倫理観

来日し、慶応義塾大学で学生たちとの意見交換会に参加するOpenAI(ChatGPTを運営)の最高経営責任者サム・アルトマン氏。東京。2023年6月12日。写真:Issei Kato / REUTERS / アフロ

みなさんは日々の生活の中で、artificial intelligence「AI・人工知能」の存在を身近に感じることがあるでしょうか? 古くは人間と対戦するコンピューター囲碁・将棋プログラムなどの algorithm「アルゴリズム」(計算の手順)に使われ、近年では deep learning「深層学習・ディープラーニング」を取り入れた machine translation「機械翻訳」や image recognition「画像認識」などにも応用されています。こうしたAI技術は一見気づきにくいものですが、私たちの暮らしを見えないところで下支えしています。

筆者自身も実務翻訳に関わることが多く、最近は各種のAIツールを活用して下訳を作成した上で、それを修正してより良いものに仕上げることが多くなりました。AI翻訳の精度は、数年前では考えられなかったほど高くなっていると実感します。翻訳分野以外でも、AIが社会に貢献している例は数多くあります。例えば医療分野では、X-ray photograph「レントゲン写真」や Magnetic Resonance Imaging「MRI・磁気共鳴画像法」の異常部分をAIが検知することで、疾患の early detection「早期発見」に役立っています。このように、従来は人間による seat-of-the-pants skill「勘と経験による職人技」だったものを、AIが効率よく補助しています。

近い将来にAIがいくつかの職種に取って代わることは従来から予想されていますが、昨年頃からAIの発達における潮目が大きく変わり始めたように思います。端的に言えば、考える主体が人間からAIへと移行する時代に一歩近づいたということです。専門家の間では、2045年に singularity「技術的特異点」と呼ばれる現象が起こり、AIがさらに優れたAIを再生産し、人間の知能を圧倒的に超越するという仮説が存在します。これまで science fiction「SF、空想科学小説」の世界にしかなかったものが現実味を帯び始め、その影響でさまざまな問題が提起されつつあるのです。

そのきっかけとも言えるのが、ChatGPT「チャットGPT」に代表される generative AI「生成系AI」の急速な普及です。ChatGPTとは conversational AI「対話型AI」で、GPTは Generative Pre-trained Transformer「事前学習をした生成的な変換プログラム」を意味します。質問を入力すると、オンラインの膨大な情報の中から、単なる検索の域を超えてChatGPTがさまざまな答えを生成します。ただし、情報の accuracy「正確性」が担保されているわけではありません。

イタリアは3月、個人情報保護の観点からChatGPTの使用を一時的に禁止しました。また日本の大学でも、論文作成など教育にさまざまな影響が及ぶとみられることから、利用の基準を示して注意喚起を行うところが出ています。加えて、job hunting「就職活動」においては、application form「応募書類」(「エントリーシート」は和製英語)の作成にChatGPTを使うことの是非も問われています。一方、アメリカの Federal Trade Commission「連邦取引委員会」は7月、ChatGPTが個人に関する虚偽の情報や、評判を落としかねない情報を生成したとして、消費者情報に関する法律に違反していないか、調査に乗り出したと報じられました。

これらの規制の動きからは、いくつかの大きな問題が読み取れます。まず information gathering「情報収集」の危険です。chat「おしゃべり・チャット」形式でユーザーの情報を入力していくために、個人情報を含めたさまざまな情報がChatGPTの使用を通じて運営団体のOpenAIに収集されていきます。OpenAIは当初 nonprofit「非営利」のAI研究団体として発足しましたが、2019年に営利企業の子会社を設立して実質的に営利化しました。集められた情報がマーケティングに使用されたり、著作権を侵害したりする可能性を考えれば、特定の営利企業が膨大なデータを扱うことには大きな社会的リスクが伴います。著作権の問題について European Union「EU、欧州連合」は、AIの利用方法に焦点を当てた regulation「規制措置」を検討しています。

次の問題は少し philosophical「哲学的」かもしれませんが、AIの発達は decline of human knowledge「人知の衰退」をもたらすのではないかと考えられます。AIに聞けば instantly「瞬時に」答えが返ってくる、そんな時代に地道に数式を解いたり英単語を暗記したりする意味とは何なのか、人間が自ら学ぶことの significance「意義」について深く考えさせられます。AIの利用がさらに広まれば、学びの在り方も問われることにもなるでしょう。いつか世の中は、AIを開発・運営する知能集団と、ただそれを利用する一般人の両極に分かれていくのかもしれません。

そして、人とAIのかかわりについての最大の問題は、このような知能の uneven distribution「偏在」が何をもたらすのかということです。この点について警鐘を鳴らす専門家や知識人は少なくなく、彼らは concentration of power「権力の集中」を予期しています。かつてGoogleの人工知能研究者で、ニューヨーク大学教授を経てメッセージアプリSignalの社長を務める Meredith Whittaker(メレディス・ウィテカー)氏もその一人です。彼女はAI技術を握る巨大IT企業による surveillance「監視」というキーワードを中心に、それら企業の corporate ethics「企業倫理」に疑問を投げかけてきました。3月に東京で行われた講演でウィテカー氏は、これらの IT monopoly「IT独占企業」はAIを科学的な探求心から開発しているのではなく、膨大な情報を収集して監視を強化し、権力を自らに集中させ、収益を拡大するためのツールと位置づけていると批判しました。

さらに、すでに2015年のBBCとのインタビューで、世界的に有名なイギリスの理論物理学者だった Stephen Hawking(スティーブン・ホーキング博士、2018年没)は次のように語っています。AIの完全な発達は “could spell the end of the human race”「人類の終焉をもたらす可能性がある」。

このような懸念がある中で、OpenAIの Sam Altman(サム・アルトマン)最高経営責任者が6月に来日し、慶応義塾大学で学生との意見交換会に参加しました。彼はAIに対する skepticism「懐疑論」を踏まえて、情報セキュリティなど安全面とのバランスをとることが重要だと述べました。その上で、高度なAIが新たな paradigm「パラダイム」(物の見方や捉え方)を社会にもたらすだろうと強調しました。

新しい技術に二の足を踏んでばかりいても civilization「文明」の進歩がないことは、人類の歴史が証明してきました。また、pioneer「先駆者」がその努力に対する benefit「恩恵」を受けるのも当然でしょう。ただ、多くの専門家が指摘するように、AIの社会的影響はこれまでの文明の turning point「転換点」となった技術を大きく凌ぐものです。だからこそ、一握りの巨大企業が倫理を逸脱して情報や利益を独占することのないよう、公共の場で研究結果を検証し、社会状況に合わせた開発を進める枠組みが必要だと考えます。

著者の紹介
内藤陽介
翻訳者・英字紙 The Japan Times 元報道部長
京都大学法学部、大阪外国語大学(現・大阪大学)英語学科卒。外大時代に米国ウィスコンシン州立大に留学。ジャパンタイムズ記者として環境省・日銀・財務省・外務省・官邸などを担当後、ニュースデスクに。英文ニュースの経験は20年を超える。現在は翻訳を中心に、NHK英語語学番組のコンテンツ制作や他のメディアに執筆も行う。