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このコラムでは、旬なニュースを写真で紹介し、そのテーマについて解説しながら、英語でニュースを読む手助けになるように関連する単語や表現を取り上げます。環境問題やジェンダー平等など、世界中が抱える課題に触れながら、英語学習にお役立てください!

原発「処理水」の海洋放出に広がる波紋

福島第一原発の「処理水」放出を受け、沿岸の水産物を調査する国際原子力機関(IAEA)の専門家チーム。福島県いわき市久之浜港。2023年10月19日。代表撮影/ロイター/アフロ

政府と東京電力は8月、東日本大震災によって meltdown「メルトダウン、炉心溶融」を起こした Fukushima Daiichi Nuclear Power Plant「福島第一原発」の原子炉の冷却に使われた、radioactive substances「放射性物質」を含む treated water「処理水」を太平洋に放出し始めました。今後も原発敷地内のタンクに貯水され増え続けていく冷却水の問題を解決する上で、ocean release「海洋放出」(ocean discharge とも言う)が選択された形です。しかし、長期的な ecosystem「生態系」への影響や地元経済に対する支援など、依然として懸念は解消されていません。

電気事業者を管轄する経済産業省によれば、この海洋放出は福島原発の decommissioning「廃炉」が完了すると見込まれる2041年から2051年の間まで続きます。処理水とは、東電の Advanced Liquid Processing SystemALPS・多核種除去設備」と呼ばれる処理システムによって、tritium「トリチウム」以外の放射性物質が安全基準を満たすまで取り除かれた水のことです。ただし、トリチウムを水から除去する技術が存在していないため、海洋放出にあたっては、この水をさらに dilute「希釈する」ことで、トリチウムの濃度を環境基準より低い数値に下げてから海に流します。

処理水の安全性について、多くの科学者や専門家が問題ないと説明しています。トリチウムはもともと自然界に存在するもので、濃度が十分に低ければ影響も最小限になるというものです。実際、International Atomic Energy AgencyIAEA・国際原子力機関」も、処理水が人間や環境に与える影響は negligible「無視できる程度」だとしています。しかし、今後30年近くにわたって流される予定の処理水が海洋生物や人間に与える長期的な影響に関する類似の研究が行われたことはなく、安全性についても全ての科学者が同意しているわけではありません。いずれにせよ、筆者が科学的見地から論じることは難しいため、ここでは将来的な懸念の一つとして指摘しておくにとどめます。

処理水の海洋放出は、科学的議論というよりも政治問題として flare up「激化」しています。放出開始から約3カ月が過ぎましたが、当初から主要各国の立場には明確な違いがありました。アメリカ国務省は声明で、IAEAの見解を踏まえつつ、日本の safe, transparent, and science-based process「安全で、透明性があり、科学に基づいたプロセス」に満足していると述べました。また、韓国も海洋放出に理解を示し、Yoon Suk Yeol(尹錫悦・ユンソンニョル)大統領はソウルの市場を訪れ、fisheries products「水産物」の安全性を強調しました。ただし、韓国野党はこれを「日本寄り」だとして政権批判の材料としています。

一方、中国は一貫して opposition「反対」の立場を示しています。海洋放出が始まった直後から state media「国営メディア」だけでなく、social media「ソーシャルメディア」上でも日本を批判する書き込みが急増しました。日本に対する harassment「嫌がらせ」も横行し、北京の日本大使館や中国にある複数の日本人学校に石などが投げ込まれたとのことです。また貿易面では、日本の水産物に対する blanket ban「全面禁輸」が実施されました。China Customs「中国税関当局」の発表では、8月下旬に始まったこの措置を反映する形で、8月に日本から輸入された水産物は金額ベースで前年同月比67%減少したとのことです。また10月の発表では、9月の日本からの輸入額はゼロになったことが明らかになりました。さらに、10月16日には中国に続いてロシアの quarantine「検疫」当局も、日本産の水産物の輸入を制限すると発表しました。

しかし、中国による全面禁輸は政治的な diplomatic card「外交カード」であることを示す報道もあります。朝日新聞が9月25日に報じた記事では、福島沿岸から東の沖合の太平洋では、日中双方の漁船が同じ海域で saury「サンマ」などを獲っていますが、日本漁船が日本の港で水揚げすれば「日本産」となり、中国船が自国に持ち帰れば「中国産」として禁輸措置から exempt「除外される」とのことです。仮に処理水の海洋放出の影響があるとすれば、同じ海域で獲った水産物には同じ影響があるはずです。

海洋放出をめぐる中国の backlash「反発」については、日本政府内や多くの専門家の間でも political maneuvering「政治的な駆け引き」だという見方が大勢です。日本側の countermeasure「対抗策」として、与野党の一部議員の間では World Trade OrganizationWTO・世界貿易機関」への提訴など、毅然とした対応を取るべきだという意見も出ています。しかし、その一方であらゆるレベルで中国に粘り強く理解を呼びかけるという外交的な two-way approach「二正面作戦」も政府には求められるでしょう。

海洋放出の決定を受けて、福島漁連は statement「声明」を発出し、「漁業者・国民の理解を得られない海洋放出に反対であることはいささかも変わるものではない」との立場を強調しました。政府と東電は2015年、「関係者の理解なしにいかなる処分も行わない」と福島漁連に約束していましたが、それが反故にされた形です。岸田首相は「漁業者に寄り添い、必要な対策を取り続ける」としていますが、関係者の理解を得るには concrete action「具体的な行動」で示さなければなりません。

日本政府が考える水産物の安全性について理解が得られるまで、対策として漁業者を始めとするさまざまな業界への financial support「金融支援」が求められます。これまでに政府は計800億円の基金と追加支援の拠出で対応していますが、10月初旬に福島県庁で行われた各種業界との意見交換会では、全面禁輸の影響などから、scallop「ホタテ」や abalone「アワビ」の値段が2割ほど下落しているとの報告がありました。また、fishing industry「水産業」だけでなく、農業や観光業でも影響が出ているとの声が上がりました。

政府と東電は、IAEAの endorsement「お墨付き」があるから処理水の海洋放出に問題はないというのではなく、長期的な環境への影響の分析を含む、福島原発の廃炉までのあらゆる取り組みについて、国際的に情報発信を続けていくことが重要だと考えます。日本が destroyer of the ecological environment「生態環境の破壊者」などの汚名を着せられぬよう、最善の努力を継続する必要があります。

著者の紹介
内藤陽介
翻訳者・英字紙 The Japan Times 元報道部長
京都大学法学部、大阪外国語大学(現・大阪大学)英語学科卒。外大時代に米国ウィスコンシン州立大に留学。ジャパンタイムズ記者として環境省・日銀・財務省・外務省・官邸などを担当後、ニュースデスクに。英文ニュースの経験は20年を超える。現在は翻訳を中心に、NHK英語語学番組のコンテンツ制作や他のメディアに執筆も行う。