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このコラムでは、旬なニュースを写真で紹介し、そのテーマについて解説しながら、英語でニュースを読む手助けになるように関連する単語や表現を取り上げます。環境問題やジェンダー平等など、世界中が抱える課題に触れながら、英語学習にお役立てください!

国際社会は「法の支配」と「力による支配」、どちらに向かうのか?

ローマ規程締約国会議で演説をする国際刑事裁判所(ICC)の赤根智子所長。オランダ・ハーグ。2025年12月。ZUMA Press / アフロ

力を持つ者は何をやっても許されるのか——世界は今、この有史以来の問いに対する新たな答えを模索しています。8月、ICC (International Criminal Court)「国際刑事裁判所」の赤根智子所長が、米国政府の sanction「制裁」の対象に指定されました。日本人が同盟国によって制裁指定されたことも衝撃ですが、この問題の意味はそれにとどまりません。問われているのは、戦争犯罪などを裁く international criminal justice「国際刑事司法」の独立性です。さらに言えば、今回の一件は、国際社会が rule of law「法の支配」をよりどころに発展していくのか、それとも軍事力を持つ大国が rule by force「力による支配」を追求していくのか、この2つのせめぎ合いとしてとらえることができるでしょう。赤根所長は制裁指定後に開かれた記者会見で、「制裁を受けるような理由は全くない」「ICCは決して負けない」と強調しました。

ICCは、genocide「ジェノサイド(集団殺害犯罪)」、crimes against humanity「人道に対する犯罪」、war crimes「戦争犯罪」、crime of aggression「侵略犯罪」などの国際社会にとって重大な犯罪を裁く常設の国際裁判所です。1998年に採択された Rome Statute「ローマ規程」を根拠として2002年に発足し、日本も2007年に加盟しました。現在の締約国は125カ国にのぼります。ICCが生まれた背景には、第二次世界大戦後のニュルンベルク裁判や東京裁判、さらに旧ユーゴスラビアでの ethnic cleansing「民族浄化」や、ルワンダでの虐殺を裁いた特別法廷の経験があります。重大犯罪を犯した者を権力者だからという理由で無罪放免にしないという考え方を、一時的な法廷ではなく恒久的な制度として確立することがICCの最大の目的です。

ICCの特徴として重要なのは、state「国」を裁くのではなく、individual「個人」の刑事責任を問う点です。国家間の紛争では、通常は「ロシア対ウクライナ」「アメリカ対イラン」といった構図が思い浮かびます。しかしICCが見るのは、誰が命令し、誰が実行し、誰が重大犯罪について責任を負うのかという問題です。head of state「国家元首」や military commander「軍司令官」、armed group「武装組織」の指導者であっても例外ではありません。「国のため」「政府の命令で」などの理由では個人の責任から逃れることはできません。これは、国家を基本的な単位として形成されてきた従来の国際秩序に対して、paradigm shift「パラダイムシフト」(常識や価値観の劇的な変化)をもたらす発想です。

それゆえ、ICCは military power「軍事大国」にとって極めて厄介な存在となりました。米国、中国、ロシア、イスラエルはいずれもICCの締約国ではありません。世界各地で military operation「軍事作戦」や intelligence activities「諜報活動」を行う国ほど、ICCと衝突する可能性が高くなります。彼らは national sovereignty「国家主権」を強調し、自国の軍人や政府の要人を国際裁判所の裁きに委ねるわけにはいかないと考えています。米軍やCIA、ロシア軍、イスラエルの軍や情報機関などにとって、国外での活動が国際司法の対象となり得ることは、国家運営上の大きなリスクになります。

実際、ICCは大国やその同盟国の指導者に対して司法の手を伸ばし始めています。2023年3月には、ウクライナの子どもの unlawful transfer「違法な移送」をめぐって、ロシアのプーチン大統領に arrest warrant「逮捕状」を出しました。これに対抗する形で、ロシア内務省は赤根所長を自国の指名手配リストに加えました。また2024年11月には、ガザ情勢に関連してイスラエルのネタニヤフ首相にも逮捕状を出しました。過去においては、アフガニスタンでの米軍やCIA関係者の行為もICCによる捜査の対象となっています。ICCと大国をめぐる近年の対立を考えれば、米国の赤根所長に対する制裁は決して突発的なものではなく、司法の適用範囲を拡大しようとするICCをけん制するための強烈な一手と見ることができます。

したがって、赤根所長への制裁は、より深い文脈でとらえるべきものです。この制裁は単なる entry ban「入国禁止」だけではなく、米国内の asset freeze「資産凍結」や米国系サービスを介した financial transaction「金融取引」の制限などにも及びます。8月下旬の産経新聞との電話インタビューで、赤根所長は自身の日常生活に影響が出ていることを明らかにしました。日本発行分を含むVisaカードが使えなくなり、個人のGmailも利用できないとのことです。こうした措置は、国際法廷の裁判官という個人に対し、国家が経済力を使って圧力をかけるものです。法を適用する裁判官がその職務を理由に報復を受けるのであれば、司法の独立そのものが揺らぎかねません。

しかし、トランプ政権にとって制裁の理由は全く異なります。その主張は、1)米国はICCに同意していない、2)米国人や同盟国であるイスラエルの国民を捜査・逮捕・訴追すること自体が、米国の主権・安全保障・外交政策への脅威である、3)したがって、それに関与するICC関係者には米国法に基づいて制裁を科す、といったものです。米国にとって、赤根所長への制裁は「司法への報復」ではなく「自国と同盟国を守るための措置」と位置づけられています。この根本的な食い違いは、「同意しなければ法に縛られることはない」(注)という国際法の限界を象徴的に示しています。

では、日本政府には何ができるのでしょうか。米国がICCに参加していない以上、ICCの論理で米国を法的に拘束することは難しいと思われます。ただ、外国から不当な扱いを受けた自国民について、国籍国が問題を取り上げることはできるはずです。日本には diplomatic protest「外交的抗議」を行う、制裁の withdrawal「撤回」を求める、赤根所長への具体的支援を行う、ICC締約国と coordinated steps「共同歩調」を取る、などの選択肢が考えられますが、高市首相は制裁発表時点で「大変残念に思っている」とだけコメントしました。また、9月の国連総会の場で行われた日米首脳会談では、首相はトランプ大統領に対してICCをめぐる日本の立場を伝達したとのことですが、両国の隔たりは依然として大きいと言わざるを得ません。それに先立つ国連での演説で大統領は、ICCを rogue institution「ならず者機関」と呼び、加盟国に対して脱退を呼びかけるという露骨なパフォーマンスを見せたのです。

日本政府の対応面では、欧州との落差が際立ちます。EUは即座にICCへの unwavering support「揺るぎない支持」を表明し、司法の独立や職員を外部からの圧力や脅迫から守る姿勢を明確にしました。フランスやオランダなどもICCとその職員への制裁に反対し、solidarity「連帯」を表明しています。重要なのは、欧州諸国の多くは米国の同盟国だということです。特にNATO諸国は安全保障面で米国に大きく依存しています。それでも、同盟国の行為すべてに賛成するわけではありません。alliance「同盟」と obedience「服従」は同じではなく、principle「原則」に反する行為には No と言えるのが真の同盟関係なのではないでしょうか。

今回のいわゆる weak-kneed diplomacy「弱腰外交」は、日本の外交政策に大きな問いを投げかけています。日本は繰り返し「ルールに基づく国際秩序」や「法の支配」を外交の柱として掲げてきました。それならば、米国という最も重要な同盟国が原則に反する行動を取った時こそ、どこまで相手を説得できるのかが問われます。米国との関係を損なわないことは重要です。しかし、外交的な摩擦を恐れて何も言わなければ、「法の支配」という言葉自体が単なる rhetoric「美辞麗句、レトリック」となってしまうでしょう。

ICCは決して完璧な司法機関ではありません。独自の police force「警察力」を持たず、逮捕状の enforcement「執行」についても加盟国に頼らざるを得ません。また、軍事力を行使する大国の多くが不参加という構造的な弱点もあります。それでもなお、赤根所長への制裁が示すのは、一人の日本人裁判官をめぐる事件であると同時に、21世紀の国際社会が「法」と「力」のどちらをよりどころにするのかという大きな問いかけなのです。

(注)国際法の適用限界については、no obligation without consent「同意なくして拘束なし」という表現がしばしば使われる。国内法では、国民の個別の同意がなくても法に縛られるが、国際社会には「世界政府」がなく、法的に対等な主権国家が存在するのみである。したがって、条約の効力や国際裁判所の管轄権は、原則として国家の同意がなければ及ぶことはない。

著者の紹介
内藤陽介
翻訳者・英字紙The Japan Times元報道部長
京都大学法学部、大阪外国語大学(現・大阪大学)英語学科卒。外大時代に米国ウィスコンシン州立大に留学。ジャパンタイムズ記者として環境省・日銀・財務省・外務省・官邸などを担当後、ニュースデスクに。英文ニュースの経験は20年を超える。現在は翻訳を中心に、NHK英語語学番組のコンテンツ制作や他のメディアに執筆も行う。