写真で読み解くニュース英語 #29 Resignation Agency Service

世界中で報道されるニュースを、英語で読んでみたくありませんか?
このコラムでは、旬なニュースを写真で紹介し、そのテーマについて解説しながら、英語でニュースを読む手助けになるように関連する単語や表現を取り上げます。環境問題やジェンダー平等など、世界中が抱える課題に触れながら、英語学習にお役立てください!
社会的インフラになりつつある「退職代行」
人でごった返す品川駅のラッシュアワー。東京。2025年9月11日。Alamy / アフロ
2026年2月、resignation agency service「退職代行サービス」で急成長した「モームリ」を運営する会社「アルバトロス」の谷本慎二社長が、Attorneys Act「弁護士法」の違反容疑で逮捕されました。弁護士資格を持たずに報酬を得る目的で顧客を弁護士に紹介した unauthorized practice of law「非弁行為」の疑いです。このニュースは大きく報じられましたが、その背景には単なる法律違反を超えた、「辞めたい」と言い出せない日本の work culture「労働文化」の問題点が浮かび上がってきます。日本の職場では、辞意を真正面から語ること自体が taboo「禁忌、タブー」とされてきました。英紙ガーディアンは、このことが労働者の権利としての退職を事実上困難にしていると論じています。
そもそも欧米には、退職代行という概念が存在しません。弁護士や労組が resignation negotiations「退職交渉」を担うことはありますが、辞意を伝えるという mental strain「心理的負担」を本人に代わって引き受けるビジネスはありません。多くの企業で退職は簡素な手続きで完了し、exercise of workers’ rights「労働者の権利行使」の一部とされています。labor mobility「雇用の流動性」が高く、job change「転職」がキャリアの一部とみなされる社会では、resign / quit / leave「辞める」ことは心の負担とは結びつきません。退職代行の広がりは、制度よりも日本特有の労働文化が生んだ現象だと考えられます。
厚生労働省が2024年に全国約14,000の事業所に対して行ったアンケート調査によれば、mental health「心の健康、メンタルヘルス」の不調により過去1年間に連続1カ月以上休業した労働者がいた事業所は、有効回答を得られた約8,300社の12.8%でした。日本の1割を超える職場がメンタルヘルスの悪化につながる問題を抱えていることがわかります。その最も痛ましいケースとして挙げられるのは、2015年に大手広告代理店・電通の新入社員だった高橋まつりさんが過労によって精神を病み、自らの命を絶った事件です。これを契機に death from overwork「過労死」(karoshi という単語も世界に広まった)の防止や long working hours「長時間労働」を是正する議論が進みましたが、この数年でモームリが急成長したことは、働く側の心の負担を軽減する改革が依然として道半ばであることを示唆しています。
労働文化としての「辞めにくさ」は、戦後からバブル期にかけて強化されました。高度経済成長期に登場した「モーレツ社員」という言葉に象徴されるように、社員に対して会社への loyalty「忠誠心」が求められました。その背景には、長く勤めることを前提とした lifetime employment「終身雇用」と、年をとるほど給料が上がる seniority-based system「年功序列」がありました。このシステムでは、労働者にとっては中途退職が不利になり、同じ会社で評価され続ける必要があったのです。この流れは1980年代末のバブル期に最高潮に達し、「24時間戦えますか」という栄養ドリンクのCMにつながります。個々の社員が corporate foot soldier「企業の一兵卒」として働き続けることが美徳とされ、個人の不満や葛藤を内に押し込める価値観を助長したのです。こうした過去が、現在も「辞める自由」に対して、少なからず心理的な障壁を作り出していると考えられます。
ただ、バブル崩壊以降の Japan’s lost decades「日本の失われた30年」(定番の英訳では30に限定しない)を経て、マクロ経済の状況は大きく変化しました。depopulation「人口減少」や labor shortage「労働力不足」によって労働市場が変化し、generation gap「世代格差」とあいまって、退職代行サービスが生まれる土壌が形成されたと思われます。若年層の間では、自身のキャリア形成や生活価値観を重視する傾向が強まり、会社組織よりも自己の幸福や健康を優先するようになりました。この変化は、「企業戦士」になることを求められた昭和世代や、「代わりはいくらでもいる」と冷遇された Japan’s employment ice age「(日本の)就職氷河期」世代と比べて、働く側がより強い権利意識を持ち始めていることを示しています。筆者自身はバブル崩壊から就職氷河期への過渡期となった90年代半ばに社会人になりましたが、当時の状況からは想像もできなかった最近の流れを、むしろ好意的に受け止めています。
もう1点、モームリの谷本社長の逮捕については、日本特有の The nail that sticks out gets hammered down.「出る杭は打たれる」(英訳として定着)という文化的背景があると思われます。日本では集団の conformity「調和」が重んじられ、個人による異論や突出した行動は厳しく扱われるというものです。これを過去の経済事件にあてはめると、2006年のライブドア事件や同年の村上ファンド事件が同一線上に浮かんできます。堀江貴文氏は、自身のITベンチャーであるライブドアがニッポン放送の takeover「買収」騒動で注目を集めた後、証券取引法違反(有価証券報告書の虚偽記載)で有罪判決を受けました。村上世彰氏は、当時の日本では珍しかった activist shareholder「物言う株主」として大きく取り上げられましたが、ニッポン放送株をめぐる insider trading「インサイダー取引」で有罪となりました。
このような社会では、退職代行サービスはある種の necessity「必要性」から生まれたと考えることもできるのではないでしょうか。辞める意思があるにもかかわらず、resignation letter「退職届」の不受理、過剰な retention efforts「引き留め」、workplace harassment「職場のハラスメント」によって退職が拒まれるケースも報告されています。「辞めたい」という意思表示が組織や制度の調和を乱すとみなされる労働文化は、企業にとっても reform「改革」を進めて growth「成長」を目指す上での大きな障害となるでしょう。
モームリ社長の逮捕は突出した例だと言えますが、日本にはすでに多くの退職代行サービスが存在しており、これらは単なるビジネスモデルを超えた一種の social infrastructure「社会的インフラ」として機能し始めていると見ることができます。使いかた次第では、これまで語られなかった働き手の concern「不安」や frustration「不満」を visualize「可視化」し、労働環境の改善や対話の促進につながる可能性もあるでしょう。辞職が文化的なタブーとされてきた日本社会において、退職代行は働き手の権利と自由を再認識させ、長時間労働やハラスメントを抑止する catalyst「契機、きっかけ」になり得るのではないでしょうか。
著者の紹介
内藤陽介
翻訳者・英字紙The Japan Times元報道部長
京都大学法学部、大阪外国語大学(現・大阪大学)英語学科卒。外大時代に米国ウィスコンシン州立大に留学。ジャパンタイムズ記者として環境省・日銀・財務省・外務省・官邸などを担当後、ニュースデスクに。英文ニュースの経験は20年を超える。現在は翻訳を中心に、NHK英語語学番組のコンテンツ制作や他のメディアに執筆も行う。









