映画で学ぶ英語表現 vol.12 『バレリーナ:The World of John Wick』

リアルな英語表現が満載の映画のセリフ。こんなふうに言えたらいいな、というフレーズを字幕翻訳者の岩辺いずみさんがピックアップして映画の内容とともにご紹介します。
Choice is yours.
皆さん、アクション映画はお好きですか? 飛行機から飛び降りるようなド派手なスタントや、キレッキレの戦闘シーン、スカッとするような決め技など、ありえない動きやシチュエーションをリアルに見せてくれる面白さは、アクション映画の醍醐味(だいごみ)です。今回は、そんなアクション映画の中でも、拳銃を使った格闘術、いわゆる “銃(ガン)・フー” と独特の世界観で大人気の『ジョン・ウィック』シリーズの最新作から、セリフをご紹介します。目の覚めるような切れ味で、時にはクスッと笑ってしまうようなアクションが、うだるような暑さを吹き飛ばしてくれるでしょう。

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孤島で人目を忍ぶように暮らす幼いイヴ(幼少期:ヴィクトリア・コンテ)とその父親(デヴィッド・カスタニェーダ)は、ある夜、謎の武装集団に襲われます。襲撃に備えていた父親は、素早くイヴを隠れさせますが、父親自身は集団に捕まってしまいます。かつてこの集団の掟を破った父親に対し、武装集団の指導者で「主宰」と呼ばれている男性(ガブリエル・バーン)はイヴの引き渡しを迫りますが、父親は突っぱねます。
父親: You’re trying to convince yourself that fate absolves you of your actions.
(訳) あんたは、運命が自分の行為を許してくれると思い込もうとしている。
主宰: There are no choices.
(訳) 選択肢はない。
父親: Yeah. Does that make what you do any easier?
(訳) そうか。そう思えば、あんたも少しは、やりやすいのか?
主宰: It makes what I do… necessary.
(訳) そう思うからこそ、私がやることは必要なのだ。
娘を武力で奪おうとする主宰の行為に対し、父親は相手の心理を突くような鋭い言葉を投げかけました。最初のセリフ try to convince oneself は「自分自身を納得させようとする」という意味。父親は主宰が自分自身を疑う気持ちがあることを見抜き、それを「運命(fate)が自分の行為(actions)を許してくれる」つまり「自分がしていることは運命だから仕方ない」と思い込むことで、罪悪感から逃れようとしていると指摘しています。<absolve A of B> は「AをB(罪や責任)から免除する・解放する」 の意味で、キリスト教では <absolve A> の形で「Aに罪の赦しを与える」の意味で使われます。
fate の語源はラテン語の fatum(神によって宣告されたこと)で、宿命のような避けられない運命、外部の力で決められたことを指し、抵抗してもどうにもならない悲劇的なニュアンスがあります。この fate とよく対比に使われるのが「自由意志」を意味する free will です。free will は神や運命によって決定されるものではなく、人間が主体的に意思決定を行う力を指します。つまり、自発的に行為を選択できる意志のあり方を意味します。free will そのものはセリフに出てこないものの、登場人物たちが fate と free will の間でもがく姿がたびたび見られます。
There are no choices.(選択肢はない。)、つまり、fate(運命)だから「選べない」と、自分の行為を正当化する主宰。父親が問う Does that make what you do any easier? は <make + A +形容詞> 「Aを(形容詞)にする」の形を用いて、「それで what you do(あんたがすること)がラクになるのか?」という反語的な質問。「実際にはラクにならない」という意味合いになります。それでも、主宰は自分のやることは necessary(必要だ)と、揺るぎません。
さらに主宰は1発だけ弾を込めた銃を、父親に渡して言います。

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主宰: You wanted choices. Well, here they are.
(訳) お前は選択肢を欲しがった。では、ここに与えよう。
そして、父親にある重要な選択を迫ります。
主宰: Choice is yours. You’ve got your choice.
(訳) 選ぶのはお前だ。お前に選択権は与えられた。
どれもシンプルなフレーズですが、複数形の choices と単数形の choice が混在しているのは、なぜでしょう? 複数形で使われている choice は可算名詞で「選択肢」のことを意味し、それが複数あることから s が付いています。一方、Choice is yours. の単数形で使われている choice は不可算名詞で「選択権」や「選択能力」のような概念を意味しているため、s を付けることはできません。Choice is yours. とは、「選択権は、あなたのもの」という意味です。
この「choice(選択権)/ choices(選択肢)があるのかないのか」という問いは、本作の軸となるテーマで、先ほどの「fate(運命)か free will(自由意志)か」と重なり、繰り返し出てきます。
父親はイヴを連れて逃げようとしますが、娘の目の前で命を落としてしまいます。ショックを受け、放心状態のイヴの前に、『ジョン・ウィック』シリーズでおなじみの裏社会の大物ウィンストン(イアン・マクシェーン)が現れました。

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ウィンストン: He wanted a free and open life for you. Not like the one that he had to endure.
(訳) 彼(父親)は、君に自由で開かれた人生を与えようとした。彼が耐えなければならなかったのとは違う人生を。
ウィンストン: But we live with the decisions we make.
(訳) だが、私たちは、自分が下した決断と共に生きる。
傷ついた幼い少女に言うには、かなり厳しい言葉ですね。live with は「~と共に生きる、~を受け入れて生きる」、decisions we make は「私たちが下す決断」です。自分が下す決断、つまり選択が人生を作っていくから、自分の人生に責任を持てということ。すべてを fate だと諦めるよりも、主体的に自分の人生を歩む覚悟を促しています。
さらに、ウィンストンはイヴにコインを差し出し、「このコインには2つの面がある」と伝えます。
ウィンストン: But, ultimately it is up to you to choose.
(訳) だが、最後に選ぶのは君だ。
このコインが、やがてイヴの切り札になります。

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ウィンストンによって、イヴは暗殺者とバレリーナを養成するロシア系犯罪組織ルスカ・ロマに預けられ、そこで暗殺術とバレエの厳しい特訓を受けるのでした。
12年後、父親の復讐を胸に秘めて成長したイヴ(成年期:アナ・デ・アルマス)は、伝説の暗殺者ジョン・ウィック(キアヌ・リーブス)と出会います。ジョンもまた、ルスカ・ロマの一員でした。イヴはジョンに、ここから出て彼のようになるには、どうしたらいいか尋ねます。
イヴ: How do I get outta here?
(訳) どうやったら、ここから出られる?
ジョン: The front door is unlocked.
(訳) 正面のドアに鍵は、かかっていない。
イヴ: No. I mean… how do I start doing what you do?
(訳) いえ、そうじゃなくて…、あなたがやっていることを始めるには、どうすればいい?
ジョン: Looks like you already have.
(訳) 君はもう始めたようだ。
ジョン: That door will lock sooner than you think. You can still leave. You still have a choice.
(訳) あのドアは、君が思うより早く閉まる。今なら君は出ていける。まだ選べる。
イヴ: Why didn’t you leave?
(訳) なぜ、あなたは出ていかなかったの?
ジョン: I’m working on it.
(訳) 努力しているところだ。
禅問答のような抽象的な会話なので、映画を見ずに想像するのは難しいかもしれません。イヴの最初のセリフにある outta here は out of here を略した口語的な表現です。「どうやったら出られるか?」という問いに、「ドアは開いてる」と、とぼけるジョン。How do I start doing what you do?(あなたがやっていることを始めるには?)に対しては、Looks like you already have (started).(もう始めたようだ。)と答えます。しかし、ドアは思いのほか早く閉まる、今ならまだ選べる、と、警告します。
You still have a choice. の a choice は可算名詞の「選択肢」ですね。ただし、「Yes か No か(ドアを出るか出ないか)」の二者択一なので単数形で使われています。彼が still(今なら)をつけて強調しているところにも注目しましょう。
最後のセリフ I’m working on it. の work on は「~を努力する、~に取り組む」の意味。彼にとっては、組織から抜け出すのが難しいことが分かります。つまり、「今なら出て行けるけれど、時間が経てば(自分のように)出るのは難しくなる」と示唆しているのです。

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さて、このあとイヴは暗黒の世界へと足を踏み入れていきます。それは、彼女の運命なのか自由意志なのか。悩みながらも自分が信じた道を進んでいくイヴですが、闘うことに関しては、小気味よいほど迷いがありません。中でも、オーストリアの美しい山麓の村ハルシュタットで撮影されたアクションは、オリジナリティに溢れ、一見の価値があります。
戦闘シーンが苦手な人にあえてお薦めはしませんが、スカッとしたい人はぜひ!
Choice is yours!
作品情報

- 『バレリーナ:The World of John Wick』
- 監督:レン・ワイズマン
- 出演:アナ・デ・アルマス、アンジェリカ・ヒューストン、ガブリエル・バーン、イアン・マクシェーン、キアヌ・リーブス、ほか
- 2025年8月22日(金)よりTOHOシネマズ 日比谷ほか全国ロードショー
- 配給:キノフィルムズ
- 詳細はコチラから
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字幕翻訳者・ライター
カナダに1年、スイスのジュネーブ(フランス語圏)に1年留学。大学卒業後、雑誌のライターを経てシカゴ大学大学院に留学し、アメリカに3年半滞在。帰国後に映像翻訳を学び、2002年から英語、フランス語の作品を中心に字幕翻訳を手がける。代表作に映画『We Live in Time この時を生きて』『Playground / 校庭』『ONE LIFE 奇跡が繋いだ6000の命』『ブリーディング・ラブ はじまりの旅』『ダンサー イン Paris』『The Son / 息子』『ルイス・ウェイン 生涯愛した妻とネコ』『mid 90s ミッドナインティーズ』など。