映画で学ぶ英語表現 vol.2 『逆転のトライアングル』
リアルな英語表現が満載の映画のセリフ。こんなふうに言えたらいいな、というフレーズを字幕翻訳者の岩辺いずみさんがピックアップして映画の内容とともにご紹介します。
That’s so sweet of you.
3月に第95回アカデミー賞が発表されましたね。アメリカン・ドリームを体現したキー・ホイ・クァン(助演男優賞)やアジア人初の主演女優賞を受賞したミシェル・ヨーをはじめ、すばらしいスピーチが多かった授賞式。感情があふれる言葉は、かしこまった演説よりもとっつきやすく、生きた英語を学ぶのにもってこいです。ぜひチェックしてみてください。
今回取り上げるのはアカデミー賞3部門にノミネートされた『逆転のトライアングル』。惜しくも受賞は逃しましたが、昨年のカンヌ国際映画祭では最高賞のパルムドールを受賞しています。しかも監督のリューベン・オストルンドは、2作連続でパルムドールを受賞するという快挙を成し遂げた人。シニカルでちょっとシュールな笑いが、いかにもヨーロッパ人好みの作品です。
映画はクセ者たちが繰り広げる群像劇です。大富豪やセレブたちを乗せた豪華客船が、ある出来事をきっかけに無人島に漂着。そこで何もできない大富豪たちと、サバイバル能力に長けた船の清掃員の立場が逆転してしまうというストーリーです。その渦中で翻弄されるのが若い男性モデル、カール(ハリス・ディキンソン)と、人気インフルエンサー、ヤヤ(チャールズ・ディーン)のカップル。自由奔放なヤヤに対し、カールは優柔不断で自信なさげ。そんなカールが、ファッションショーのオーディションを受けるシーンから映画は始まります。大勢の男性モデルたちと待機するカールの元へ、友人のルイスがテレビのリポーターとして登場。モデルたちにインタビューをします。
ルイス: So, what are the most important aspects of being a male model?
(訳) じゃあ、男性モデルの一番大事な要素は何?男性モデル1: I would say, look good.
(訳) そうだな、見た目だ。ルイス: Yes? And?
(訳) そう? ほかには?男性モデル2: And walk!
(訳) それとウォーキング!
こう答えて、堂々とウォーキングをする男性たち。その中にカールを見つけたルイスは、質問します。
ルイス: So, is this runway casting for a grumpy brand or smiley brand?
(訳) このショーのオーディションは無愛想なブランドのため? ニッコリなブランドのため?
戸惑うカールにルイスは説明します。
ルイス: Well, smiley brands are the cheap ones, and the more expensive the brand gets, you start to look down on your consumer.
(訳) ニッコリなブランドは安くて、値段が高いブランドほど、消費者を見下すようになるってこと。カール: Then it’s a “grumpy brand”.
(訳) それなら、“無愛想なブランド”だ。ルイス: Congratulations! (中略)Show us some of that grumpy look.
(訳) おめでとう! 無愛想な顔を見せて。
ルイスが言うには、安いブランドは大衆向けだから「みんな着てね!」と笑顔で宣伝するけれど、高級ブランドはモデルに不機嫌そうな表情をさせて、「うちの世界観に合う人だけどうぞ」と上から目線で売るのだとか。モデルたちに grumpy look(無愛想な顔)と smiley look(ニッコリ顔)を交互にやらせるシーンが笑えます。映画には grumpy brand と smiley brand の具体例も出てきますが、それは見てのお楽しみ。
grumpy は「不機嫌な、怒りっぽい」という意味の形容詞で、人の機嫌や性格を表すのによく使われます。He is grumpy. と言えば「彼は不機嫌だ」という意味。それに対し、smiley はおなじみの smile を形容詞化した単語。「にこやかな、笑顔の」などと訳されますが、スマイルマークを意味する名詞としても使われます。She is smiley. なら「彼女はにこやかだ」。そういえば、『白雪姫』に出てくる7人のこびとの中に、グランピー(Grumpy)という名前のおこりんぼうがいます。ニコニコしたこびとはスマイリー・・・ではなく、ハッピー(Happy)。ほかの5人はドック(Doc:先生)、スリーピー(Sleepy:ねぼすけ)、バッシュフル(Bashful:てれすけ)、スニージー(Sneezy:くしゃみ)、ドーピー(Dopey:おとぼけ)です。それぞれの性格を表しているので、元の単語の意味と照らし合わせてみるとよりキャラクターへの理解が深まりますね。
さて、オーディションを受けたカールですが、「写真と違う」だの「ボトックスが必要」だの散々な言われよう。デザイナーに、こんなことまで言われます。
デザイナー: Can you relax your Triangle of Sadness? This, like, between your eyebrows here.
(訳) “悲しみの三角形”を緩めてくれる? 眉の間にあるここだよ。
つまり Triangle of Sadness とは、眉間のシワのこと。苦労が多いほど眉間のシワが深いということから使われる美容外科用語で、ボトックスを打つ位置を指すそう。「悲しみの三角形」とは言い得て妙というか、何とも皮肉な表現です。あれ? triangle? ・・・気付いた方もいますね。そう、Triangle of Sadness は本作の英語のタイトル! 邦題は直訳でなく『逆転のトライアングル』としたところがお見事。全編にわたって外見の美しさとお金への執着、それを逆転する顛末が描かれます。
そして最後に紹介したい重要なセリフが、こちら。高級レストランで、カールとヤヤのテーブルにお会計の明細が置かれた時のこと。すかさずヤヤがカールに言います。
ヤヤ: Thank you. That’s so sweet of you.
(訳) ありがとう。優しいのね。
字幕では That’s so sweet of you. を「ごちそうさま」と訳しています。カールが払うと言う前に、先手必勝のこのセリフ。まさにヤヤは、ごちそうになる前提で「優しいのね」と言うのです。かわいいヤヤに smiley face で言われて、戸惑うカール。だけど、ヤヤのほうが稼いでいるし、男性が払うべきというのは性差別なのでは・・・と、モヤモヤは募ります。お会計問題は世界共通のようです!
ヤヤのような下心(?)からではなく、素直な気持ちで言いたい That’s so sweet of you. というフレーズ。誰かに何かしてもらった時に、ぜひ使ってみてください。Thank you. だけよりも、グッと気持ちが伝わります。
ご紹介したのは映画のほんの始まりの部分。ここからの怒濤の展開は、言葉で語り尽くせません! 大笑いできるか、身につまされるか、あきれるか・・・。見る人によって分かれそう。私からのアドバイスは1つ。ポップコーンを食べながら見るなら、早めに食べきることをお薦めします!
作品情報
『逆転のトライアングル』
監督:リューベン・オストルンド
出演:ハリス・ディキンソン、チャールビ・ディーン、ドリー・デ・レオン、ウディ・ハレルソン、ほか
全国の映画館にて順次公開中
公式サイト
字幕翻訳者・ライター
カナダに1年、スイスのジュネーブ(フランス語圏)に1年留学。大学卒業後、雑誌のライターを経てシカゴ大学大学院に留学し、アメリカに3年半滞在。帰国後に映像翻訳を学び、2002年から英語、フランス語の作品を中心に字幕翻訳を手がける。代表作に映画『ONE LIFE 奇跡が繋いだ6000の命』『ブリーディング・ラブ はじまりの旅』『ダンサー イン Paris』『The Son / 息子』『ルイス・ウェイン 生涯愛した妻とネコ』『mid 90s ミッドナインティーズ』など。