リアルな英語表現が満載の映画のセリフ。こんなふうに言えたらいいな、というフレーズを字幕翻訳者の岩辺いずみさんがピックアップして映画の内容とともにご紹介します。

It’s okay not to be okay.

人生とは、思いどおりにならないもの。そう感じるような経験は、多かれ少なかれ誰にでもあるのではないでしょうか。どうにもならない状況に、自分の不運を嘆いたり、人をうらやんだりすることもあるでしょう。
だけど、どう過ごしても、時間は平等に過ぎてゆく。自分の人生の長さは誰にも決められません。目の前の時間とどう向き合い、何を大切にし、どう過ごしていくのか。私たちに決められることは、そのくらいです。

© 2024 STUDIOCANAL SAS – CHANNEL FOUR TELEVISION CORPORATION

今回ご紹介する作品は、3つの時間軸を交錯させながら、あるカップルを追った物語です。何が起ころうとも、最高の時間を過ごそうとする姿は頼もしく喜びにあふれていて、「今」に集中して生きる大切さを気づかせてくれます。

新進気鋭のシェフで自由奔放なアルムート(フローレンス・ピュー)と、シリアル会社に勤める冷静で慎重なトビアス(アンドリュー・ガーフィールド)は、性格が正反対のカップル。まったく接点のなかった2人ですが、ある時とんでもない出会い方をして恋に落ちます。ときにはケンカをしながらも、楽しく充実した日々を過ごしていました。
ところが、アルムートにある病気が見つかります。医師に病状を告げられたアルムートは、率直に聞きます。

© 2024 STUDIOCANAL SAS – CHANNEL FOUR TELEVISION CORPORATION

アルムート:So, what happens now?

(訳)   それで、これからどうなるの?

医師:   I’m going to recommend starting with a course of chemotherapy.

(訳)   化学療法を始めることを勧めます。

アルムート:Why not just remove it?

(訳)   除去しちゃえばいいのに。

アルムート:Sorry. I mean, why why can’t we just operate?

(訳)   ごめんなさい。つまり、手術すればいいんじゃないかという意味です。

医師:   Honestly?
(訳)   正直に(言ってほしい)?

アルムート:Yeah.
(訳)   はい。

医師:   It’s too big.
(訳)   大きすぎます。

上記のやり取りから分かるように、アルムートは思ったことを、そのまま口に出すタイプ。ちょっと口が悪いところもご愛敬。
<Why not+動詞の原形~?>は<Why don’t you [we / I] ?>のくだけた言い方で、直訳すると「なぜ~しないの?」と理由を聞いていますが、「~したらどう?/~したらいいのに」という提案やアドバイスの意味合いでよく使われます。前後の文脈から動詞が明らかな場合は省略して、Why not a break?「ひと休みしない?」や Why not coffee?「コーヒーでもどう?」のように<Why not+名詞?>の形にもできます。
つい「(化学療法より)除去したらいいのに」と言ってしまったアルムートですが、医師に対して失礼な言い方をしたと気づき、<Why can’t we+動詞の原形~?>を使って、より丁寧な表現で言い直しています。
彼女の率直な問いかけに、医師も Honestly?「正直に?」と問い返し、It’s too big.「(切るには)大きすぎる」と、手術ができない理由を告げました。
言葉を失ったアルムートの代わりに、冷静なトビアスが聞きます。

© 2024 STUDIOCANAL SAS – CHANNEL FOUR TELEVISION CORPORATION

トビアス: And what about work?
(訳)   それで、仕事については?

アルムート:What about work?
(訳)   仕事について?

トビアス: Well, how much time off, do you think, realistically, we should be considering?

(訳)   現実的に見て、どのくらいの期間を休めばいいと僕たちは考えるべきですか?

<What about+名詞?>「(名詞)はどうですか?」と確認や意見を求めるフレーズで、動詞を使うなら~ing形にして What about going to the movies?「映画に行くのはどう?」のように<What about+~ing?>とします。
time off は「(仕事や学校などの)休み」の意味。アルムートの体を心配して医師に聞くトビアスですが、アルムートにはシェフの仕事を休む気など、さらさらありません。トビアスの言葉を繰り返して、「仕事について聞く必要がある?」と言わんばかりです。
さらに、病院の帰り道、アルムートはトビアスに打ち明けます。

アルムート:What What would you say if I said to you I’m not sure I know how to go through all of that all over again?

(訳)   私がまた同じことをやり切れるか分からないと言ったら、どう答える?

実はアルムートの病気は再発で、数年前に治療をひととおり行い、寛解(かんかい:病気による症状や検査異常が消失した状態)していたのです。go through はここでは「(苦難など)を経験する、やり通す」の意味で、特に苦労が伴う経験や大変な経験に対して使われます。go through all of that over again というのは「またそれ(治療)をすべて最初からやり直す」ということ。前回の治療がつらかったことがうかがえます。

複雑な表情のトビアスに、アルムートは続けます。

アルムート:I’m saying I’m not particularly interested in a treatment plan that accidentally wastes our time.

(訳)   つまり、私たちの時間を無駄にするかもしれない治療計画に、あまり興味はないと言っているの。

アルムートが言う a treatment plan that accidentally wastes our time の that 以下は先行詞 a treatment plan を説明する関係詞節。accidentally は「思いがけなく」を意味する副詞で、意図せずに起きることを表します。この場合、accidentally wastes our time「治療の狙いとは裏腹に、私たちの時間を無駄にする」ということを伝えています。つまり、治療の効果が出ない場合を恐れているのです。

アルムート:I’m not saying I don’t want to do the treatment. I’m just saying I want it to be the right choice.

(訳)   治療を受けたくないと言っているんじゃない。ただ、正しい選択をしたいと言っているだけ。

「治療を受けたくないわけじゃない」と説明したうえで、the right choice(正しい選択)をしたいと言うアルムート。つらい治療よりも、仕事への情熱や家族と過ごす時間を大切にしたいという思いで、気持ちは揺れています。何が正しい選択か、アルムート自身も決めきれていません。そんな彼女の葛藤が痛いほど分かるだけに、トビアスは答えに詰まってしまいます。

それからしばらくして、ようやく「答え」を見つけたと言うトビアス。それをアルムートに伝えようとしますが、用意した言葉がうまく出てきません。

アルムート:It’s alright. Take your time.

(訳)   いいよ。ゆっくりで。

トビアス: I’m nervous.
(訳)   緊張する。

アルムート:It’s okay.
(訳)   大丈夫。

緊張するトビアスに、Take your time. と、優しく声をかけて、逆にトビアスを励ますアルムート。「焦らず、時間をかけて」の意味で、よく使われるフレーズですね。さらに It’s okay.「大丈夫」と言って見守ります。

© 2024 STUDIOCANAL SAS – CHANNEL FOUR TELEVISION CORPORATION

アルムートはいつも明るく頼りがいがありますが、弱みを人に見せるのが苦手。つらい時もなかなか弱音を吐けません。治療が進み、トビアスと一緒に医師の診断を受ける時も、やっぱり気丈に振る舞います。

アルムート:I’m okay. It’s okay, honestly.

(訳)   私は大丈夫。大丈夫、本当に。

医師:   It’s okay not to be okay. It’s a lot. You’ve been through a lot, both of you.

(訳)   大丈夫じゃなくてもいい。大変なことだもの。あなた方は2人とも、大変なことを乗り越えてきたわ。

医師に言われて、ハッとするアルムート。okay(OK)「いいよ、大丈夫」という単語は言いやすくて便利なので、ついつい使いがち。だけど、I’m okay. It’s okay. が口癖になっている人ほど、自分の本当の気持ちを見落としていたり、気づかないうちに我慢していたりするものです。アルムートのように、It’s okay not to be okay.「大丈夫じゃなくてもいい」と言われて初めて、大丈夫じゃない自分に気づくこともあるでしょう。頑張り屋さんに伝えたい言葉ですね。

2人の選択をぜひ、見届けてください。今回はアルムートのセリフを中心に取り上げましたが、一方でトビアスのセリフには口下手だからこそ重みがあり、グッときます。2人のやり取りにも注目してほしいです。
何よりも、2人の全身からあふれる喜びや悲しみがひしひしと伝わる本作。思いどおりにならないからこそ、人生は大切でいとおしく素晴らしい。そんなことを感じていただけたら嬉しいです。

作品情報

  • 『We Live in Time この時を生きて』
  • 監督:ジョン・クローリー(『ブルックリン』)
  • 出演:フローレンス・ピュー、アンドリュー・ガーフィールド
  • 2025年6月6日(金)よりTOHOシネマズ 日比谷ほか全国ロードショー
  • 字幕翻訳:岩辺いずみ
  • 配給:キノフィルムズ
  • 詳細はコチラから
  • © 2024 STUDIOCANAL SAS – CHANNEL FOUR TELEVISION CORPORATION