リアルな英語表現が満載の映画のセリフ。こんなふうに言えたらいいな、というフレーズを字幕翻訳者の岩辺いずみさんがピックアップして映画の内容とともにご紹介します。

Time flies.

春の訪れと共に、出会いと別れの季節がやってきます。
この時期は過去を振り返り、時が経つ速さを感じる人も多いのではないでしょうか。
今回ご紹介するのは、恐竜の時代から現代までの気の遠くなるような長い年月を通して、1つの場所を1つのアングルから紡いだ物語です。

物語の中心となる人物は第2次世界大戦の帰還兵アル(ポール・ベタニー)と妻のローズ(ケリー・ライリー)、そして2人の間に生まれたリチャード(トム・ハンクス)とその妻となるマーガレット(ロビン・ライト)。
彼らの家のリビングで繰り広げられる出会いと別れが、家が建つずっと前から描かれます。

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かつて恐竜が駆け回っていた大地に人間が暮らすようになり、やがて1軒の家が建ちます。
内覧に訪れたアルとローズですが、家は予算オーバー。アルは気乗りがしません。でも、ローズの妊娠を知り、購入を決めます。
長男のリチャードが生まれ、さらに弟と妹も誕生し、リビングは賑やかになっていきます。

ある日、高校生になったリチャードが、恋人のマーガレットを家に連れてきました。マーガレットがアルに、自分の父親が元飛行士で、NASAの試験に落ちた話をすると、リチャードが口を挟みます。

リチャード: But he almost made it, right?
(訳)    だけど、彼はあと少しで受かった。そうだろう?

マーガレット:Yeah, he did . (中略)And he always says, “Oh, what could have been?”
(訳)    ええ、そうね。(中略)父はいつも言うの、「ああ、(もし受かっていたら)どうなっていただろう?」って。

アル:    Well, there is a lot of that going around.
(訳)    まあ、そういう話はよくある。

最初のリチャードのセリフにある make it は、「成し遂げる、うまくいく、到達する」という意味で、almost made it「あと少しで成し遂げられた」、つまり「惜しかった」ということ。
マーガレットの父親の口癖 what could have beencould have been は、推量や仮定を表す could に have + be動詞の過去分詞 been が付いた仮定法過去完了です。過ぎ去った過去を振り返り、起こらなかったことを「(もし起こっていたら)どうなっていただろう」と、推量したり仮定したりする時に使われる表現です。
NASAに合格していたらどうなっていたのか、マーガレットの父親がずっと言い続ける気持ちには、後悔の念が感じられます。
それに対し同情するでもなく、「よくある」と話を切り上げるアルもまた、悔いの残る選択をせざるを得なかったのでしょう。
希望に燃える若きリチャードには、そんな痛みが理解できないようです。

その後、高校卒業後の進路を聞かれたマーガレットは、「大学へ行き、弁護士になりたい」と、話します。それを聞いて「夢を追うべき。私は簿記係になりたかったわ」と、励ますローズ。ところが、夫のアルは、そんな妻を「小切手もろくに書けないのに」と、鼻で笑うのでした。アルが立ち去ると、ローズはポツリと言います。

ローズ:Time just went. I would have been a good bookkeeper.
(訳) 時はただ過ぎていったわ。私は有能な簿記係になれたのに。

ここで使われる <would have + 過去分詞>も仮定法過去完了で、やはり過去に起きなかったことを「起きていたら」と仮定する表現です。could が過去の可能性を表すのに対し(できたのに、ありえたのに)、would は過去の事実や意思を表します(やったのに、なったのに)。とはいえ、could と would の使い分けはあいまいなことが多く、このローズのセリフも could に言い換えても伝わります。幸せな家庭を築いてきた裏で、ローズも叶えられなかった夢を引きずっているようです。

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やがて、リチャードとマーガレットは結婚し、子供を授かり、両親やその友人夫妻、妹や弟も交えてクリスマスに集まります。
昔のビデオを見ながら、両親の友人ヴァージニア(ジェミマ・ルーパー)が、リチャードに言います。

ヴァージニア:We all were sure you were gonna be somebody.
(訳)    あなたは必ず大物になると、みんなが思っていたわ。

リチャード: Yeah, it just didn’t work out.
(訳)    まあね、うまくいかなかった。

ヴァージニアが言う somebody とは「非凡な人、ひとかどの人」という意味の名詞で、しばしば無冠詞で、大物や何かを成し遂げた人、または人格的に優れている人などを指します。これに対し、凡人や無名の人を表すのは nobody。自分の存在感のなさや、何も成し遂げられていない状態を嘆いて I’m nobody. と言うなど、ネガティブな意味合いで使われることが多い言葉です。
リチャードの返事にある work out は「(物事が)うまくいく」の意味。「somebody になれなかった」と答える彼の言葉に、若い頃のような自信は感じられません。

それでも、リチャードはマーガレットと共に、一人娘を立派に育て上げます。大学に行った娘と電話をしたあと、夫婦は感慨にふけります。

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リチャード: Our daughter is in college. Time sure flies, doesn’t it?
(訳)    僕たちの娘が大学にいる。まったく、時は飛び去っていくよな?

マーガレット:Sure does.
(訳)    本当にそうね。

Time flies. とは言葉のとおり、時間が飛ぶように過ぎるという意味。日本語のことわざ「光陰矢の如し」と同じ意味ですね。Time flies の間に入る sure は話者の確信を表す形容詞として知られますが、ここでは fly を修飾する副詞として使われ、「本当に、まったく」の意味です。
さらに、娘はロースクールへと進学します。

マーガレット:She’s amazing.
(訳)    彼女は素晴らしいわ。

リチャード: Time sure does fly, doesn’t it?
(訳)    本当に時は飛び去っていくよな?

Time sure flies に動詞を強調する does まで付けて言うリチャード。その言葉に込められた気持ちの重さが伝わります。

壮大な時の流れの中で見れば、一瞬で過ぎ去る個人の人生。ですが、そこには、それぞれの夢があり、喜びがあり、悔いがあり、悲しみもある。過ぎ去る時間の積み重ねと、そこに生きるものたちが紡いできた今。そう考えると、ここにいることが奇跡のように感じられます。

作品情報

  • 『HERE 時を越えて』
  • 監督:ロバート・ゼメキス
  • 脚本:エリック・ロス
  • 出演:トム・ハンクス、ロビン・ライト、ポール・ベタニー、ケリー・ライリー、ほか
  • 2025年4月4日(金)よりTOHOシネマズ日比谷ほか全国ロードショー
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