リアルな英語表現が満載の映画のセリフ。こんなふうに言えたらいいな、というフレーズを字幕翻訳者の岩辺いずみさんがピックアップして映画の内容とともにご紹介します。

I have seen this and I cannot unsee it.

一年も半分が過ぎようとしています。今年の目標を立てた方は上半期を振り返り、自分を褒めたり反省したり、下半期を見据えて計画を立て直す頃でしょうか。
目標に向かって努力を続ける難しさは、誰もが経験したことがあるはず。その目標が高ければ高いほど道のりは険しく、心が折れることもあるでしょう。今回は、国を超えた偉業を成し遂げた人物の実話を基にした映画『ONE LIFE 奇跡が繋いだ6000の命』からセリフをご紹介します。

第2次世界大戦が始まる直前の1938年、ヒトラー率いるナチス・ドイツがオーストリアを併合し、当時のチェコスロバキア(現在はチェコとスロバキアに分離)の一部も要求。その地域から何万人ものユダヤ人が、ナチスによる迫害を逃れてプラハへ避難しました。
ロンドンで株の仲買人として働くニコラス・ウィントン(アンソニー・ホプキンス、青年時代をジョニー・フリン)は、プラハでユダヤ人難民の支援活動をする友人を訪ね、そこで子どもたちの悲惨な状況を目にします。そして、何とかしなければと、現地で支援するトレヴァー(アレックス・シャープ)やドリーン(ロモーラ・ガライ)に、子どもたちをイギリスに移送するよう呼びかけます。

© WILLOW ROAD FILMS LIMITED, BRITISH BROADCASTING CORPORATION 2023

ニコラス:The children. We have to move them.
(訳)子どもたちだ。彼らを移動させなければ。

ドリーン:Says the man who arrived yesterday.
(訳)昨日着いたばかりの男が言ってる。

Says the man は the man says の主語と動詞を入れ換えて倒置したもの。他動詞として使われている say は、本来なら後ろに目的語が必要です。倒置にすることで前のニコラスの発言を目的語として省略し、the man を修飾する who 以下を強調して「昨日着いたばかりのくせに」と、あきれた気持ちを表しています。
当時、イギリスはドイツやオーストリアにいるユダヤ人の子どもたちを列車でイギリスへ疎開させる「キンダートランスポート(the Kindertransport)」という活動を行っていました。ただし、チェコスロバキアは対象外。この活動を行うためには、イギリス政府から子どものビザを発行してもらわなければなりません。状況をよく知るドリーンは無理だと主張します。

ドリーン:We can’t give these people false hope.
(訳)あの人たち(難民)に誤った期待を与えられない。

ニコラス:Look, we have to believe that this might be possible.
(訳)いいかい、可能かもしれないと僕らが信じなくては。

ニコラスも this might be possible と、実現の難しさを感じさせる言い方ではありますが、それでも可能性を信じようと主張します。
仲間の同意を得たニコラスは、まず問題の規模(the scale of the problem)を把握しようと、子どもたちの人数を知るためにユダヤ系の組織に片っ端から電話をかけます。しかし、迫害を恐れる組織はニコラスが本当に味方なのか警戒し、まともに取り合おうとしません。
ようやく会えた組織のラビ(rabbi、ユダヤ教の指導者)も、なぜこんな厄介なことに首を突っ込むのかと懐疑的です。そんなラビに、ニコラスは真剣なまなざしで言います。

ニコラス:I have seen this and I cannot unsee it.
(訳)見てしまったものを見ていないことにはできない。

そして、続けます。

ニコラス:And because I may be able to do something about it, I must. At least try.
(訳)僕に何かできるかもしれないなら、やるしかない。少なくとも、やってみなければ。

unsee は動詞の see に、接頭辞 un を付けて「見ていない状態に戻す」という意味にしたもの。undoなら「していない」ではなく「していない状態に戻す=元に戻す」の意味です。「すでに見た」という経験を表す現在完了形の have seen に続け、そのこと(it)、つまり難民たちの置かれた状況を「見ていないことにする(unsee)」ことはできないと言っているのです。
ニコラスが本気だと理解したラビは、「子どもたちを託すことは命を預けるということ」と念を押します。

ラビ:So, in the end, Mr. Winton, it is a question of trust.
(訳)ということはつまり、ウィントン君、信頼の問題になる。

そして、ヘブライ語(Hebrew)の格言を伝えます。

ラビ:Don’t start what you can’t finish.
(訳)終わらせられないことは始めるな。

つまり、「一度始めたことは最後までやり遂げよ」ということ。ラビから子どもたちのリストと共に、重大な責任を託されたニコラス。さっそく、ロンドンの母親(ヘレナ・ボナム=カーター)に電話をし、イギリス政府にかけ合ってもらうよう頼みます。母親の説得のおかげでビザ発行の約束を取りつけたものの、その条件はイギリスでの里親確保や保証金、医療証明など、非常に厳しいものでした。
あまりに困難なタスクを前に行き詰まる仲間たちに、ニコラスは「(イギリスの)マスコミを味方につけて、世論を動かそう」と鼓舞します。

© WILLOW ROAD FILMS LIMITED, BRITISH BROADCASTING CORPORATION 2023

ニコラス:Ordinary people wouldn’t stand for this if they knew what was actually happening.
(訳)実際に起きていることを知れば、普通の人々はじっとしていられないはずだ。

ドリーン:You’ve (=You have) a lot of faith in ordinary people.
(訳)あなたは普通の人々を信頼しているのね。

ニコラス:I do because I’m an ordinary person.
(訳)そう、だって僕も普通の人だから。

トレヴァー:So am I.
(訳)僕もだ。

ハナ:And me.
(訳)私も。

「普通の人々の大群(an army of the ordinary)」(字幕では「普通の人の団結」)こそが不可欠なのだと、ニコラスは断言します。そして、その言葉のとおり、あらゆる手段とアイデアを尽くし、里親探しと資金集めに奔走します。ナチスの侵攻が迫る中、ニコラスと仲間たちは地道な努力で、普通の人々の心を動かしていくのです。

映画のタイトルにある ONE LIFE とは、ニコラスの友人の言葉「1人を救えば世界を救う(Save one life, save the world.)」にちなんだもの。1人どころか大勢の命を救うニコラスと仲間たちですが、その裏には美談で終わらせられない苦悩と葛藤があります。「始めたこと」をどうやって終わらせたのか、ぜひニコラスたち普通の人々の努力を最後まで見届けてください。

© WILLOW ROAD FILMS LIMITED, BRITISH BROADCASTING CORPORATION 2023

作品情報

  • 『ONE LIFE 奇跡が繋いだ6000の命』
  • 監督:ジェームズ・ホーズ
  • 出演:アンソニー・ホプキンス、ジョニー・フリン、ヘレナ・ボナム=カーター、ほか
  • 2024年6月21日(金)新宿ピカデリー、ヒューマントラストシネマ有楽町、Bunkamuraル・シネマ 渋谷宮下ほかにて全国ロードショー
  • 公式サイト