リアルな英語表現が満載の映画のセリフ。こんなふうに言えたらいいな、というフレーズを字幕翻訳者の岩辺いずみさんがピックアップして映画の内容とともにご紹介します。

You can always talk to us.

あっという間に今年も半年が過ぎようとしています。使いたい英語表現は増えたでしょうか?
今回は2017年の映画『君の名前で僕を呼んで』(日本公開は2018年)からセリフを紹介します。日本でもヒットし、主演のティモシー・シャラメの人気に火がつくきっかけとなった作品なので、ご覧になった方も多いのではないでしょうか。

1983年、北イタリアの避暑地で家族と過ごす17歳の少年エリオ(ティモシー・シャラメ)が、彼の父親のアシスタントをするためにアメリカからやって来た24歳の青年オリヴァー(アーミー・ハマー)と出会い、それをきっかけに、大人への憧れや恋心を抱く姿を追う作品です。
このエリオの感情の動きが全編を通じて繊細に描かれ、エリオとオリヴァー2人を取り巻く人々の視線が優しく、そこで交わされる会話も何とも心地いいのです。特にエリオと大学教授である父親との会話は示唆に富んだもので、こんなに理解のある親がいるのかと驚かされました。今回メインに取り上げるセリフも、父親からエリオへの言葉です。

ある晩、エリオが両親と団らんしている時、母親が夫と息子に、16世紀半ばに書かれた小説『エプタメロン』* を朗読します。ドイツ語版しか手元になく、母親は英語に訳しながら少しずつ読み進めます。この小説に登場する若い騎士は、王女への恋心に悩み、王女に問いかける形で “Is it better to speak or to die? “(言うべきか、死ぬべきか)という言葉を発します。この speak とは、騎士が王女への気持ちを告白するということで、大胆にもそれを王女本人に問いかけているわけです。これを聞いて、騎士の気持ちと自分がオリヴァーに抱く恋心とを重ねたエリオは、思わずつぶやきます。

エリオ: I’d never have the courage to ask a question like that.
(訳)僕には、そんな質問をする勇気なんて絶対にない。

それに対し、父親は答えます。

父親: I doubt that. Hey, Elly-belly, you do know that you can always talk to us.
(訳)私は、そうは思わない。エリー・ベリー(エリオの愛称)、いつでも私たちに話していいと、わかっているね。

doubt は疑いの気持ちを表す動詞で、I doubt it.(そう思わない、それは疑わしい)などの形でよく使われます。お父さんは、エリオなら同じような質問をする勇気があると言っているのです。さらに、息子の恋心に気づいたうえで、「(そのことについて)いつでも話していい」と促しています。
talk to ~ は「~に話す」の意味ですが、speak が「発話する」意味合いが強く、1人でしゃべる場合も指すのに対し、talk は相手とのやり取りを前提に「話す」ニュアンスがあります。お父さんはエリオの恋心について、息子が望むなら話し合う準備ができていると伝えているのです。さりげないけれど、とても力強く温かい言葉です。
家族や友人の様子がいつもと違ったら、ぜひ You can talk to me. / Talk to me. と言ってあげてください。それで話してくれなくても、相手の心の支えになれば嬉しいですよね。

エリオは父親の言葉に安心したのか、このあとオリヴァーに町を案内しながら、こんな会話を交わします。

オリヴァー: Is there anything you don’t know?
(訳)君が知らないことなんてあるの?

エリオ: I know nothing, Oliver.
(訳)僕は何も知らないよ、オリヴァー。

オリヴァー: Well, you seem to know more than anybody else around here.
(訳)でも君はこの辺りの誰よりも、知識があるようだ。

エリオ: Well, if you only knew how little I know about the things that matter.
(訳)いや、僕が大事なことを知らないことを、あなたはわかってない。

オリヴァー: What things that matter?
(訳)大事なことって何だい?

エリオ: You know what things.
(訳)わかっているはずだ。

エリオが町の歴史に詳しいと感心するオリヴァーに、「大事なことは知らない」と言うエリオ。the things that matter の matter は「重要である、問題である」を意味する動詞です。口語では否定形の It doesn’t matter.(問題ない、関係ない)という言い方がよく使われ、聞きなじみがあるかもしれません。
「大事」を意味する単語では、形容詞の important が頭に浮かびやすいでしょう。「大事なこと」という意味では、the important things が物事の重要性を指すのに対し、the things that matter は(自分にとって)影響を与えるようなこと、問題になるようなことを指します。エリオにとって気になる「大事なこと」は町に関する知識ではなく、オリヴァーへの気持ちです。それを「わかっているはずだ」と本人に言うなんて、告白に匹敵するような大胆さがあります。

このあとの展開は、ぜひ本編を見てください。恋する2人のやり取りにドキドキしますが、ただの恋物語では終わりません。思春期の恋心、大人への憧れ、葛藤、焦燥感、喜び。そして、それを見守る大人たち。ひとつひとつの会話に相手への敬意が感じられ、ちょっとした言葉にハッとさせられます。鑑賞後は Call me by your name(『君の名前で僕を呼んで』)という映画のタイトルの意味も、より深く感じられるでしょう。舞台がイタリアで、フランスとの国境に近いこともあり、会話には英語の他にイタリア語とフランス語も混ざります。気軽に国境を越えられるヨーロッパ大陸ならではの環境が、うらやましくなってしまいます。
特に終盤のお父さんの言葉はエリオだけでなく、すべての人に向けられているもの。本作の肝でもあるシーンなので、ぜひじっくりと耳を傾けてみてください。私はお父さんの What a waste. という言葉が「あまりに惜しい」という字幕と相まって、ズシンと胸に響きました。

今回、紹介したセリフはシンプルな言葉ばかりですが、それだけにストレートに気持ちが伝わる気がします。真夏の緑がキラキラとまぶしく、すばらしい人生賛歌になっている本作。辛いことがあっても、エリオのお父さんのように I am here.(私がいるよ)と言ってくれる人がいる幸せを、しみじみと感じられることでしょう。

*:『七日物語』ともいう。日本語では『エプタメロン―ナヴァール王妃の七日物語』(ちくま文庫)などの翻訳がある。

作品情報
『君の名前で僕を呼んで』
監督:ルカ・グァダニーノ
出演:ティモシー・シャラメ、アーミー・ハマー、ほか

君の名前で僕を呼んで

Blu-ray&DVD好評発売中
Blu-ray 5,280円(税抜価格 4,800円)
DVD 4,290円(税抜価格 3,900円)
発売元:カルチュア・パブリッシャーズ 
販売元:ハピネット・メディアマーケティング
© Frenesy, La Cinefacture

各配信サイトでも視聴可能。
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