リアルな英語表現が満載の映画のセリフ。こんなふうに言えたらいいな、というフレーズを字幕翻訳者の岩辺いずみさんがピックアップして映画の内容とともにご紹介します。

I’m sick of it!

皆さんの周りに、怒ってばかりの人はいますか? 口を開けば文句ばかり、人をうらやんで八つ当たりして、自分はいつも世界で一番かわいそう。あまり近づきたくないタイプですが、今回ご紹介する映画の主人公は、そんなネガティブオーラ全開の女性です。と聞くと、ちょっと引いてしまうでしょうか。だけど、怒りの裏にある感情に思いをはせてみると、見方が変わるかもしれません。

© Untitled 23 / Channel Four Television Corporation / Mediapro Cine S.L.U.

ロンドンに住むパンジー(マリアンヌ・ジャン=バプティスト)は、配管工の夫カートリー(デヴィッド・ウェーバー)と22歳の息子モーゼス(トゥウェイン・バレット)との3人暮らし。毎朝、恐怖で飛び起き、家の中は塵ひとつないように磨き上げ、鳥や虫や動物が苦手で、花に触るのも嫌がります。夫と息子に小言が絶えず、食卓ではその日にあった嫌なことを延々と話し続けます。何もかもが気に入らず、その不満の言いようは、他人から見ると笑ってしまうほど。いつも聞かされているカートリーもモーゼスも、反論するのをあきらめている様子です。それどころか、モーゼスはほとんど話さず、自室に引きこもり、部屋の中は散らかし放題。そんな息子に、パンジーは余計に怒りを募らせます。

パンジー: Don’t you have any hopes or dreams? What are your ambitions?

(訳)   夢や希望はないの? あなたの野心は何?

パンジー: This place is a pigsty! Look at it. Dirty socks, chocolate wrappers, spoon.

(訳)   この部屋の汚いこと! 見なさいよ。靴下、チョコの包み紙、スプーン。

パンジー: How many times do I have to tell you to not bring food stuff up here?

(訳)   食べ物をここに持ち込まないよう、何度言えばいいの?

耳が痛くなるセリフですね。挙句の果てに、捨てゼリフと共にドアをバタンと閉めます。

パンジー: I am not your servant.

(訳)   私はあなたの召使いじゃない。

何も言わずに聞いていたモーゼスも、さすがに頭にきたようで、閉まったドアに向かって中指を立てる始末。
親が22歳の息子に向かって hopes(希望)や dreams(夢)、さらに ambitions(野心)はないのかと問い詰めるのも、個を重んじるイギリスでは、かなり過保護に思えます。「不潔な場所」を意味する pigsty は、ご想像どおり pig(ブタ)から派生した名詞で、もともと「ブタ小屋」を指す単語。今どきのブタ小屋は清潔ですし、ブタに失礼な気もします。
How many times do I have to tell you to ~<tell+人+to+動詞>は「人に~するように言う」で、この場合は to のあとに not がついて<tell+to+not+動詞>で「~しないように言う」の意味になります。おや? と思ったでしょうか。否定形にする場合、not は to のあとではなく前につける<not+to+動詞>の形で習ったはず。確かに<not+to+動詞>の形が正しく一般的で、よりフォーマルな言い方ですが、not を強調したいときやカジュアルな会話などで<to+not+動詞>の形が使われます。この言い方からも、パンジーの怒りが伝わりますね。

© Untitled 23 / Channel Four Television Corporation / Mediapro Cine S.L.U.

そんなパンジーと対照的に、妹のシャンテル(ミシェル・オースティン)は、いつも明るくて人の話を聞くのが上手。シングルマザーで娘2人を育て上げ、家では笑いが絶えません。仕事先の美容院でも、お客さんの悩みを親身になって聞きます。この日も、夫の浮気のせいで白髪が増えたという女性客に、笑顔で答えます。

女性客:   Nobody knows the trouble I see because I don’t show it, you know?

(訳)    誰も私の悩みには気づかない、だって私は見せないもの。

シャンテル: You look good.

(訳)    あなたは、きれいよ。

女性客:   Oh, thank you, my darling.

(訳)    ありがとう、ダーリン。

周りに悩みを気づかれないのは見せていないから。白髪の原因がストレスだと嘆きながらも、弱みを見せずに生きてきた女性のプライドが感じられます。そんな女性客の気持ちを察して、見た目を褒めるシャンテル。女性客が返す my darling(私の愛しい人)は、男女問わず使われる愛情をこめた呼びかけです。
彼女がシャンテルに悩みを具体的に話し始めると、店内は静まり返り、他の女性客と美容師が聞き耳を立てていました。気づいたシャンテルは、2人に言います。

シャンテル: You see how you’re quiet? Big people talking over here!

(訳)    あなたたち、ずいぶん静かじゃない? こっちは大人が話してるのよ!

店内は笑い声に包まれ、悩みを話す女性客の口元にも笑みがこぼれます。シャンテルの言葉には、周りを気まずくさせない気遣いが感じられますね。この場合の big people は体の大きさではなく、大人のこと。といっても、聞き耳を立てていた2人が子どもというわけではなく、シャンテルたちより少し世代が若いだけの立派な大人です。Big people talking には、「あなたたち若い子には、まだ早いから、聞いちゃダメよ」と、若い美容師とお客をからかうような意味合いが込められているのです。

さて、そんなシャンテルが姉パンジーの髪を整えに家へ行くと、パンジーは息子への不満をぶちまけて、吐き捨てるように言います。

パンジー: I’m sick of it!

(訳)   もう、うんざり!

心配したシャンテルが、モーゼスと話してみようかと提案しても、パンジーは「家庭に口を出されたくない」と拒否。そして、こう言います。

パンジー:  Some sisters are close, you know. Some sisters confide in each other.

(訳)    仲のいい姉妹もいるのに。お互いを信頼している姉妹だっている。

シャンテル: You can confide in me.

(訳)    私を信頼していい。

パンジー:  Nah. If I don’t call you, you don’t call me.

(訳)    無理よ。私から電話しなきゃ、かけてこないくせに。

シャンテル: I call you.

(訳)    私から電話してる。

パンジー:  Nah.

(訳)    いいえ。

sick は「病気である」状態を示す形容詞ですが、be sick of ~ で「~に嫌気がさす、うんざりする」を意味する慣用句になります。be sick of のあとは名詞か、I’m sick of studying.(勉強に嫌気がさす)のように ~ing形の動名詞が来ます。同じ意味を表す be tired of ~ も、パンジーの口からよく出るセリフ。パンジーにとって、大人になった息子が何もせずに家にいるのは、どうにも我慢がならないのでしょう。
さらに、自分たち姉妹は仲が悪いかのような口ぶり。妹がわざわざ家まで髪を整えに来てくれるなんて、仲がいいように見えますが、パンジーはそう思っていないようです。句動詞の confide in ~ は「~を信頼する、~に打ち明ける」という意味で、confide in each other では「信頼し合う」の意味になります。名詞の confidence(信頼)や、形容詞の confident(自信がある、確信がある)のほうが、なじみがあるでしょうか。You can confide in me. (私を信頼していい)と言うシャンテルに、Nah. と冷たく答えるパンジー。nah は no のカジュアルな言い方です。パンジーとシャンテルの認識には、ズレがあるようです。

© Untitled 23 / Channel Four Television Corporation / Mediapro Cine S.L.U.

それでも、シャンテルはめげずにパンジーを母親のお墓参りに誘います。5年前に亡くなった母親をしのび、それから家族で母の日(Mother’s Day)を祝おうと言いますが、パンジーは気乗りしない様子。どうやら、パンジーには母親への複雑な想いがあるようで、言葉の端々に母親への恨みつらみが出てきます。
 
ところで、イギリスの母の日がいつか知っていますか? 
日本では5月の第2日曜日ですが、本作の舞台のイギリスでは、キリストの復活祭であるイースターの3週間前の日曜日が母の日です。自分が洗礼を受けた Mother Church(母教会)へ礼拝に行く Mothering Day と呼ばれる日がもとになっています。西方教会ではイースターは毎年3月22日~4月25日の間にあるので、母の日が3月になることもあります。本作でパンジーとシャンテルがコートに身を包んでいるのも、まだ肌寒い季節と考えると納得できます。

周りとの衝突を続けるパンジーですが、母の日に、怒りの裏に隠している本当の気持ちを吐き出します。そんなパンジーを抱きしめて、シャンテルは言います。

シャンテル: I don’t understand you, but I love you.

(訳)    あなたを理解できない、だけど愛してる。

説明はいりませんね。本作のテーマとも言える素敵な言葉です。

やたらと怒りをぶつける人、いつも笑って気楽そうな人、おおらかで頼りになる人。それぞれの心のうちは、誰にもわかりません。だからこそ、相手の気持ちを想像してみることが大切なのでしょう。人には、それぞれの事情がある。そう考えるだけでも、他者への気持ちが少し和らぐかもしれません。

作品情報

  • 『ハード・トゥルース 母の日に願うこと』
  • 監督・脚本:マイク・リー
  • 出演:マリアンヌ・ジャン=バプティスト、ミシェル・オースティン、デヴィッド・ウェーバー、トゥウェイン・バレット、ほか
  • 2025年10月24日(金)より新宿シネマカリテほか全国順次公開
  • 日本語字幕:岩辺いずみ
  • 配給:スターキャットアルバトロス・フィルム
  • 詳細はコチラから
  • © Untitled 23 / Channel Four Television Corporation / Mediapro Cine S.L.U.