映画で学ぶ英語表現 vol.15 『ハムネット』

リアルな英語表現が満載の映画のセリフ。こんなふうに言えたらいいな、というフレーズを字幕翻訳者の岩辺いずみさんがピックアップして映画の内容とともにご紹介します。
To live with our hearts open.
春の訪れを新しい環境で迎える方も多いのではないでしょうか。この季節は、人生が出会いと別れの繰り返しであることを、しみじみと感じさせます。
今回取り上げる映画『ハムネット』は、まさに出会いと別れの物語。ウィリアム・シェイクスピアが妻アグネスと出会い、悲しい別れを経て名作『ハムレット』を生み出すまでを描きます。シェイクスピアと言えば、16世紀末から17世紀にかけてイギリスで活躍した劇作家で詩人。『マクベス』や『リア王』『ロミオとジュリエット』など、今でも古典劇として、あるいは大胆に脚色された現代劇として、繰り返し上演されています。映画やバレエなど、演劇以外でも目にする機会がありますね。シェイクスピアの作品が時代を超えて愛される大きな理由は、普遍的なテーマを扱っていること。この『ハムネット』もシェイクスピアを描く物語らしく、愛と死という人間の根源的なテーマを題材にしています。
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1580年、イギリスの小さな村で子どもたちに語学を教えるウィリアム(ポール・メスカル)は、森を愛する神秘的な女性アグネス(ジェシー・バックリー)に心惹かれます。早速、彼女に近づき、名前を尋ねるウィリアム。ところが、名前を言いたがらないアグネスと押し問答になります。
ウィリアム:What is your name?
(訳) 君の名前は何?
アグネス: I shan’t tell you.
(訳) 教えない。
ウィリアム:You shall.
(訳) 教えるんだ。
アグネス: I shan’t.
(訳) 教えない。
ウィリアム:You shall.
(訳) 教えなさい。
アグネス: I won’t.
(訳) 教える気はない。
shan’t に時代を感じますね。これは shall not の短縮形で、「(絶対に)~しないつもりだ」「~することはないだろう」という未来の強い否定を意味します。現代ではほとんど使われません。また、ウィリアムのセリフにある肯定の場合の shall は、やや形式ばった言い方で「話し手による命令・強制」を示し、You shall(tell your name). で「(名前を)教えなさい」「教えるべきだ」と強く求める意味になります。現代では will に置き換えられることが多いです。アグネスはウィリアムの問いに I shan’t (tell my name).「(名前を)教えない」ときっぱりと断ります。しかし、ウィリアムが You shall. を繰り返すと、アグネスは will に切り替え、I won’t「教える気はない」と、きっぱり拒絶の意思を伝えます。この shall の押し問答によって、アグネスの芯の強さがうかがえます。
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それでも、諦めずにアプローチするウィリアムは、やがてアグネスと結ばれます。婚約を申し出るウィリアムに、アグネスは亡くなった母親の話をします。
アグネス:The women in my family see things… that others don’t.
(訳) 私の家系の女性たちは見えるの…、他の人たちが見えないものを。
そして、母親の言葉を思い出します。
亡き母親:You must pay attention to your dreams, Agnes. They will always guide you.
(訳) 夢に注意を払いなさい、アグネス。夢がいつもあなたを導いてくれる。
未来を見通す不思議な力を持つアグネスは、森を母親のように慕い、薬草に詳しく、鷹を操ります。そのせいで、村人たちに a daughter of a forest witch(森の魔女の娘)と呼ばれていることもアグネスは知っていました。そんなアグネスとの結婚に、ウィリアムの両親は猛反対をします。
ウィリアムの母親:You’ve been bewitched.
(訳) お前(ウィリアム)は惑わされてるんだよ。
ウィリアム: No.
(訳) 違う。
ウィリアムの母親:I’d rather you went to sea than marry this wench.
(訳) お前がこの女と結婚するより、海に出てくれたほうがマシ。
ずいぶんな言いようですね。bewitched は形容詞で、「魔法をかけられた」「魅了された」の意味。You’ve been bewitched. は現在完了形で「(アグネスに)魔法をかけられている」「惑わされた状態にある」ことを示します。ウィリアムの母親(エミリー・ワトソン)がどこまで魔法を信じているのか分かりませんが、アグネスを気味悪がっていることがうかがい知れます。
さらに、I’d(=I would) <rather A than B>「BよりAがいい」の形で、 A=you went to sea「海に出る」ほうが、B=marry this wench「この女と結婚する」よりいい、と言う始末。went が過去形なのは、<I’d rather+主語+過去形>で仮定法過去になっているためです。これは母親の願望を表しており、「(現実には結婚しようとしているが)むしろ船乗りにでもなって危険な海に行ってほしい」という気持ちを示しています。wench は古語で「若い女性、娘」を指す軽蔑的な言い方。ウィリアムの母親の猛反対ぶりが伝わります。
反対したのはアグネスの弟も同じ。家族の中で唯一アグネスの理解者である弟バーソロミュー(ジョー・アルウィン)は、あんな冴えない物書きのどこがいいのかと姉に問います。
アグネス: He’s got more inside of him than any man I’ve ever met. Everything will change.
(訳) 彼には私が会った男性の誰よりも、豊かな内面がある。すべては変わるわ。
バーソロミュー:You. You will change.
(訳) 姉さんだ。姉さんが変わる。
アグネス: I’m already changing.
(訳) 私はもう変わり始めてる。
そして、言います。
アグネス: What would our mother say to us if we were afraid or uncertain?
(訳) 私たちが恐れたり迷ったりしたら、私たちのお母さんなら何て言う?
バーソロミュー:To live with our hearts open.
(訳) 心を開いて生きること。
アグネスとバーソロミュー:To shut it not in the dark but to turn it to the sun.
(訳) 心を暗闇に閉ざすのではなく、太陽に向けること。
アグネス: He loves me for what I am, not what I ought to be.
(訳) 彼は私のあるべき姿ではなく、ありのままの私を愛してる。
バーソロミュー:Then marry him you shall.
(訳) それなら、彼と結婚すべきだ。
アグネス: Thank you.
(訳) ありがとう。
What would our mother say …? の would もif we were の were も仮定法過去で、「もし~だったら」という仮定を表します。仮定法過去では、主語が I でも he / she でもbe動詞は were を使います。つまり、「私たちが恐れたり迷ったりしたら、お母さんなら何て言う?」と想像に問いかけています。
バーソロミューの答え To live with our hearts open. 「心を開いて生きること」と、アグネスとバーソロミューが2人で言う To shut it not in the dark but to turn it to the sun.「心を暗闇に閉ざすのではなく、太陽に向けること」のセリフは to不定詞で始まる命令・助言です。it は前のバーソロミューのセリフにある our hearts(私たちの心)を指しますが、複数形の them でなく it が使われています。これは our hearts を1つの集合的な概念として捉えているため、または詩的な響きを重視した表現と考えられます。恐れや迷いがあると守りに入りがちですが、そんな時こそ「心を開いて生きること」。現代にも通じる素敵なアドバイスです。
一方、アグネスのセリフ He loves me for what I am, not what I ought to be. には <A, not B>「Aであり、Bではない」の構文が含まれます。「彼が私を愛してくれる」のは A = what I am「ありのままの私」のためであり、B = what I ought to be「私のあるべき姿」のためではない。そうアグネスが言い切れるのは、ウィリアムを信頼しているからでしょう。
それを聞いたバーソロミューの答えが通常の語順 You shall marry him. ではなく、marry him を文頭に出した倒置 Then marry him you shall. になっているのは、「結婚する」という行為を強調し、承認の気持ちを力強く表現するためです。shall は冒頭でも説明したように命令・指示を表し、「結婚すべきだ」という強い承認の意味が含まれます。
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家族に認められて、夫婦となったウィリアムとアグネスは、つつましくも幸せな日々を過ごします。やがて、ウィリアムは劇作家になるためロンドンへ旅立ち、アグネスは3人の子育てに奮闘。それでも、お互いを理解して愛し合うアグネスとウィリアムでしたが、やがて試練が訪れます。
人が出会いと別れの体験を通して変わっていくさまを描いた本作。息をのむような美しい映像と、人間の生々しい感情が、ゆったりと描かれます。何かと気ぜわしい時期だからこそ、別世界に浸ることで気づくこともあるかもしれません。
作品情報
- 『ハムネット』
- 監督:クロエ・ジャオ
- 脚本:クロエ・ジャオ、マギー・オファーレル
- 出演:ジェシー・バックリー、ポール・メスカル、エミリー・ワトソン、ジョー・アルウィン、ほか
- 2026年4月10日(金)公開
- 配給:パルコ ユニバーサル映画
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字幕翻訳者・ライター
カナダに1年、スイスのジュネーブ(フランス語圏)に1年留学。大学卒業後、雑誌のライターを経てシカゴ大学大学院に留学し、アメリカに3年半滞在。帰国後に映像翻訳を学び、2002年から英語、フランス語の作品を中心に字幕翻訳を手がける。代表作に映画『モディリアーニ!』『ハード・トゥルース 母の日に願うこと』『We Live in Time この時を生きて』『Playground / 校庭』『ONE LIFE 奇跡が繋いだ6000の命』『ダンサー イン Paris』『The Son / 息子』『ルイス・ウェイン 生涯愛した妻とネコ』『mid 90s ミッドナインティーズ』など。





