ほんの数年前には想像もしていなかった世界が私たちの目の前に広がっています。

この「今を生き抜く英単語」シリーズは、私たちの考え方や生き方の転換が起こっている今、それでもこの世界を生き抜いていけるようなメッセージを、英単語を切り口に、さまざまな分野で活躍する著者から発信していただきます。

違いや文化的背景を認識すること

まだ航空券が紙のみだった時代に、日本の友人である玲子さんが私の住むアメリカ・シカゴに遊びに来た。2人でボストンに遊びに行き、再びシカゴに戻って、私たちはそれぞれの帰途につくことになっていた。ボストンの空港でシカゴに戻る便にチェックインしようとしたとき、玲子さんは自分のチケットが見つからないことに気がついた。どうすれば良いか係員に聞くと、彼女はクリップボードを渡され、複雑な書類を書いた後、長い列の最後尾に並ぶように言われたので素直に従った。

遅々として進まない行列と、シカゴ行きの出発時間に迫る時計の針を見て私は考えた。この便を逃すと、彼女は帰りの便を逃すことになり、本当に困ったことになる。私は玲子さんに「一緒に行こう」と言って、列の先頭に向かって歩いた。他の人を助けていた係員を遮って、私は大きな声で「すぐに助けてください」と言った。このままでは大騒ぎになるのは明らかだった。

係員は自分のしていることを中断して、すぐに玲子さんへ代わりのチケットを発行してくれた。私たちは急いでゲートに向かい、飛行機に乗り込んだ。席に着くと、玲子さんは居心地の悪そうな顔をして、呆然と座っていた。

「どうしたの?」と私が尋ねた。「問題を解決して、代わりのチケットを発行してもらったじゃない?」

玲子さんは、その違和感が2つの要因によるものだと教えてくれた。1つ目は、普段は温厚なロッシェルが、ここまで強引で不愉快な態度を取ることに驚いたこと。そしてもう1つは、私の戦術が実際に成功してしまったことへの大きなショックだったそうだ。

彼女は、「日本で同じことをやったら、問題が解決するどころか、更なる問題を引き起こすことになる」と説明してくれた。その時私は、東京入国在留管理局において、アメリカ人のビジネスマンが「早く対応してくれ」と担当者に詰め寄っているのを見た時の話を友人から聞いたことを思い出した。そのビジネスマンが席に戻るとすぐに、担当者は彼の書類を山積みになったほかの請願書の一番下に置いたそうだ。

私は玲子さんに、「私がした行動は “The squeaky wheel gets the grease” と呼ばれるもので、『きしむ車輪は油を差される』という意味で、アメリカでは人生を生き抜くための必須のツールとされている」と説明した。アメリカでは、必要であれば物事をうまく回すために行動を取ることが大切だ。親からも学校からも、自分の欲しいものを言葉で表現し、求めるように訓練されている。これはアメリカの個人主義文化の一部であり、誰もが自分の面倒を見て、自分のニーズを満たすことを期待されているからである。

一方、日本では「出る杭は打たれる」という考え方がある。押し付けがましかったり、目立ったりする人は嫌われ、文句を言わないで我慢することが評価されている。

面白いことに、上記で列挙したアメリカと日本の両方の例に似たフレーズが他の文化にも見られる。アメリカに似た例だと、ドイツやスペインの「泣かない赤ん坊は母乳をもらえない」、日本に似た例だと、中国の「頭を出した鳥は先に撃たれる」、オランダの「刈り取り線より上に生えている小麦は刈られる」などの諺(ことわざ)がある。

どちらが優れているということではなく、違いがあることを認識し、環境が違えば自分のスタイルを調整する必要性を理解することが重要なのである。

また、多文化環境の場合、人によって文化的背景が異なることを認識することも大切である。日本在住のアメリカ人言語学者、アン・クレシー二氏は、「出る杭も、出たくない杭も尊重すべきだ。それこそが、本当の多様性だと思う」と言っており、私も全く同感だ。