イギリス英語とアメリカ英語 #5 文法の違い

多種多様な英語が飛び交うこの世の中で、私たちには、さまざまなタイプの英語を理解する力が必要とされています。
まずは2つの主軸となるイギリス英語とアメリカ英語の違いをしっかり理解することから始めましょう。このコラムでは、旺文社『オーレックス英和・和英辞典』編者の野村先生が、両者の違いを楽しくレクチャーしてくれます。
*本記事では、イギリス人の発言として用いられる場合は英式の綴り、アメリカ人の発言として用いられる場合は米式の綴りを採用しています。
イギリスにもボストンってあるの!?
“I just discovered there’s a city called Boston in the UK. Are the British so desperate to be like us that they’re copying our city names?”
(イギリスにボストンと呼ばれる市があることを知ったばかりです。イギリス人は我々みたいになるのに必死過ぎて我々の市の名前まで真似ているのですか。)
あるサイトにアメリカ人から寄せられた質問です。それに対して、数人のイギリス人から反応がありました。大半が釣り(troll)に違いないと警戒しつつ、皮肉交じりに歴史を説明したり、無知さ加減に呆れたり……そんな中で、1つの投稿が目にとまりました*1。
*1 https://qr.ae/pFKNb4
なお、米ニュー・イングランドのボストンは英イングランド東部にあるボストンの港から渡った人たちが入植したことにちなんで命名されました。ハーバード大学がある隣町のケンブリッジもイギリスの大学街であるケンブリッジに因んだ名前です。
その投稿者は「あなたの文法があまりにもひどいので、答える前に質問文を添削してあげます」と思い切り上から目線で前置きして、こう書き直していました。
“I have just discovered that there’s a city in the UK called Boston. Are the British so desperate to be like us, that they’re copying our city names?”
個々の書き換えの適否には議論の余地がありますが、それはともかく、私が面白いと思ったのは、最初の文の過去形を現在完了形に修正しているところです。アメリカ英語では just などの副詞を過去形と用いるのは普通のことなのですが、それを誤りと断じているわけです。
ということで、今回は英米の文法の違いについてお話しすることにします。実は、発音や語彙、綴りに比べて文法上の相違点はそれほど多くはありません。
■主な違い
R. クワークらが編集した現代英語の標準的な英文典である A Comprehensive Grammar of the English Language(1985)は、 “Grammatical differences [between American English and British English] are few and the most conspicuous are known to many users of both national standards.” (文法上の英米差は限られており、しかも顕著な違いは英米の標準英語の使い手ならたいてい知っている)と楽観的です。同書が挙げる「顕著な違い」は次の4つですので、まずはこれらを押さえておきましょう。
- 1) get の過去分詞は、英では got だけなのに対して*2、米では gotten が多用される。
- <例> 英:I’ve got fat since I stopped working out.
- 米:I’ve gotten fat since I stopped working out.
- (トレーニングをやめてから太ってしまった。)
*2 英では have got は「…を手に入れた、…になった」という現在完了の意味だけではなく、「今、持っている(=have)」の意味でも日常的に用いられます。<例> I’ve got a headache.(頭が痛い。) We haven’t got much time.(我々にはあまり時間がない。)Have you got any money on you?(今、お金を持っていますか。)
- 2) ある種の集合名詞は、英では構成員に重点を置く場合は複数扱いするが、米では単数扱いが普通*3。
- <例> a. 英:The team are going to lose.
- 米:The team is going to lose.
- (そのチームは負けそうだ。)
- b. 英:Japan win against Brazil.
- 米:Japan wins against Brazil.
- ([新聞の見出しで]日本、ブラジルに勝利。)
- c. 英:The government have decided that they have to raise taxes.
- 米:The government has decided that it has to raise taxes.
- (政府は増税やむなしと判断した。)
*3 people、police などは米でも複数扱い。<例> I don’t care what people say.(人が何と言おうとかまわない。)
- 3) 英では現在完了形を用いるのに、米では単純過去形で済ます場合がある(冒頭のエピソードはこのケース)。
- <例> 英:She has already left for the day.
- 米:She already left for the day.
- (彼女は今日はすでに退社しました。)
- 4) insist(要求する)、suggest(提案する)、demand(命令する)などの動詞に続く節に、英では<should+原形>、米では仮定法現在(=動詞の原形)が用いられる*4。
- <例> 英:They insisted that the foreign minister should resign.
- 米:They insisted that the foreign minister resign.
- (彼らは外務大臣に辞任を迫った。)
*4 insist、suggest がそれぞれ「主張する」、「示唆する」を意味するときは英米とも直説法を取ります。<例> The defendant insisted that he was innocent. (被告は無罪だと主張した。)
■そのほかの違い
それ以外の違いを実例とともに挙げておきます。英・米の特徴的な違いに焦点を当てたため、英・米それぞれの中で必ずその形を取るとは限らないものや、実際には英・米のどちらか一方に限定されないものも含まれています。なお、例文中の該当箇所は「英/米」の順です。
● 付加疑問
- 次の例のように文の最後に付けて同意や確認を求める簡単な疑問形を付加疑問と呼ぶが、その使用頻度は米より英の方が4~5倍高いとされる*5。
- <例> You are ready, aren’t you?(準備はいいですね?)
*5 相槌を打つための簡単な疑問形にも英米差が見られます。<例> I love fiery hot food. ― Do you?/You do?(激辛料理が大好きです。― そうですか。)
● 動詞
- 1) 動詞の活用形:英では古い活用形を保持、米では規則動詞扱い(-ed)。
- <例> It is no use crying over spilt/spilled milk.(覆水盆に返らず。)
- ほかに、burn:burnt/burned、 dream:dreamt/dreamed、 learn:learnt/learned、 smell:smelt/smelled、 spell:spelt/spelledなど。
- 2) <help+目的語+不定詞> <help+不定詞>:米では不定詞の to を省くことが多い。
- <例> a. The nurse helped me to stand/stand up.
- (看護師は私が立ち上がるのを手助けしてくれた。)
- b. This cream helps to keep/keep your skin moist.
- (このクリームは肌の潤いを保つのに役立ちます。)
- 3) <go and+動詞>:米では and を省くことが多い。
- <例> Go and see/see if the door is locked.
- (ドアにカギがかかっているか見てきて。)
- 4) <like+人+不定詞>:米では「for人」とすることがある。
- <例> My father likes me/for me to wear conservative clothes.
- (父は私に地味な服を着てほしいと思っている。)
● 助動詞
- 1) shall
- <例> a. I shall/will*6 be seventeen next month.(来月、17歳になります。)
- b. Shall I/Would you like [Do you want] me to*7 set up the new computer for you?
- (新しいコンピューターのセットアップをしてあげましょうか。)
*6 英でも will が広まっています。口語では英米とも短縮形の I’ll が普通。
*7 米では Should I …? を用いることもあります。
- 2) must
- <例> a. Must I/Do I have to leave now? (もうおいとましなければなりませんか。)[※「しなければならない」の意]
- b. Are you going out with Andy? ― You must/have (got) to be joking!(アンディと付き合っているの? ― 冗談でしょ!)[※「違いない」の意]
● 副詞
- 米では really、surely などの副詞の ly を落とすことがある。
- <例> I’m really/real sorry.(本当にごめんなさい。)
● 前置詞
- 1) 異なる前置詞を用いることがある。
- <例> a. I haven’t been to the dentist for/in years. (歯医者には何年も行っていません。)
- b. I play futsal at/on the weekend. (週末はフットサルをします。)
- c. The hotel is open from March to October/(from) March through*8 October. (ホテルは3月から10月まで営業している。)
*8 through October は「10月末まで」の意味。to は曖昧なので、厳密に言う場合は from March until the end of October、from March to October inclusive など。
- 2) 米では前置詞を省くことがある。
- <例> a. See you on Friday/Friday. (金曜日に会いましょう。)
- b. Stay at home/home. (家にいなさい。)
● 冠詞
- 英では無冠詞なのに、米で the を付けることがある*9。
- <例> He has been in hospital/the hospital for a month.(彼は1か月入院している。)
*9 go to school [college, church](学校[大学、教会]に行く)などは英米とも無冠詞。
● 代名詞
- 同じものを指すのに異なる代名詞を用いることがある。
- <例> Who is that/this, please? ([電話で]どちら様ですか。)
■文法の違いがあるのはなぜ?
多くの場合、綴りや語彙、発音の英米差と同様の理由付けが可能です。
● 単純化・合理化
英で単複両方の扱いをする集合名詞も、米では「単数形の名詞なのだからシンプルに単数扱いでいいはずだ」と考えます。
また、英では動詞の古い活用形を保持していますが、合理性を貴ぶ米では一律に -ed を付けて規則動詞として扱います。
● 入植者の出身地の英語に由来
現在完了形の代わりに過去形を用いる米用法は、単純化の例として説明されることがあります。現在完了は現在と過去を関係づけ、形も<have+過去分詞形>に仕立てる必要があるのに対して、過去形はその手間がかからないためです。しかし、歴史的には、アイルランドから大挙して渡ってきた人たちの英語に由来すると考えることができます。
また、未来を表す助動詞が shall・will の併用から will に一本化されてきているのは、植民地でよくある単純化の一例と解せますが、ここにもアイルランド英語の影響を見て取る研究者もいます。
● 古い英語の保持
<go and+動詞>の and を省いた言い方(<例> go see him 彼に会いに行く)は、単純化に見えますが、実は、英語がアメリカに渡った頃のイギリスの言い方が保存されたものです。
また、insist(要求する)などの動詞の that 節に原形を用いる用法は、「余分な should を省略してシンプルな文にした」と説明されがちです。しかし、もともとこれらの動詞は続く節に仮定法現在(=動詞の原形)を要求し、それがアメリカにも伝わったのですが、その後、本国のイギリスでは“仮定法現在”という文法的な意味は新たに立てた should という助動詞に担わせるようになり*10、その影響を受けなかったアメリカ側に古い形が残ったわけです*11。
*10 仮定法現在の動詞も助動詞 should に続く動詞もたまたま同じ形(原形)のため、参考書などではカッコを使って、They insisted that the foreign minister (should) resign. などと折りたたむことがありますが、should が省略されて仮定法現在になるわけではないので、正確な表記ではありません。
*11 例えば、common の比較形には commoner-commonest と more common-most common の2系統あります。前者は common 自体の形を変えますが、後者は common はそのままにして、「比較」という文法的意味を more、 most という専門の語に任せています。言語学では、前者の方式を「総合的」、後者の方式を「分析的」と形容します。
英語全体でいうと、古英語(1150年頃までの英語)の時代は、単語自体の形の変化で文法的な関係を表していたため、語の形を見れば人称や単複、主語・目的語などが分かりました。それに対して、現代英語は語順(動詞の前が主語、後ろが目的語)や前置詞・助動詞などの独立した単語を使って文法関係を表します。英語はその歴史を通じて、総合的な言語から分析的な言語に大きく変容したわけですが、三単現の s や人称代名詞(I、 my、 me…)などに総合的な時代の痕跡を見いだすことができます。
■文法❶――規範としてのルール
皆さんは「文法」に対してどんなイメージを持っていますか。「受験のためにただ暗記するだけの古臭くて無味乾燥なルール」「そんなもの覚えたって会話には役に立たない」「英米人の子供は文法なんて知らないのにしゃべっているじゃないか」……そんな声が聞こえてきそうです。文法のとらえ方は様々ですが、ここでは2つだけ紹介することにします。
● べからず集
「文法」はしばしば「言葉の規範」つまり「正しい言葉遣いのルール」の意味で使われます。それらをまとめたルールブックは、言うならば禁止条項をリストアップした「べからず集」です。
- St. Peter asks, “Who is it?” A voice says, “It is I.” St. Peter says, “Oh, no! Not another English teacher!” (聖ペテロが「誰じゃ」と問うと、「わたくしめにございます」の声。ペテロは「またか。英語の教師はもううんざりじゃ!」)
天国の門(the Pearly Gates)の門番、聖ペテロが、扉をたたいた者と交わした会話です。もちろんジョークですが、今どき It is の後に、me ではなくて文法的に正しいとされる I を用いるのは英語の先生ぐらいだ、という皮肉が込められています(そのせいで先生は天国から門前払いされてしまった!)。日本語でも「見れる」「食べれる」などの“ら抜き言葉”がしばしばやり玉に挙げられますが、英語の正用法をめぐる論争の代表格はこの代名詞の問題です。
- a. Never use a preposition to end a sentence with. (文を前置詞で終えるべからず。)
b. It is wrong to ever split an infinitive. (不定詞を引き裂くことはあってはならない。)
これらの文を読んでニヤリとした方は、すでに文法の専門家です。
a.は「前置詞は“前に置く言葉”なので、必ず後ろに何か来ないとダメ」、b.は「不定詞の toと原形の間には何も入れてはいけない」という、どちらも「べからず集」の初めのほうに載っているルールなのですが、これらの文自身がその禁を破って伝統的な規範文法を茶化しています(with が文末に来ているし、to と split の間に ever という副詞が入り込んでいる!)。
以下のようなルールも「べからず集」の常連です。納得できるものもありますが、ラテン語の文法を強引に英語に当てはめただけの決まり事もあります*12。
*12 実際には、誤りとされる用法の多くがすでに一般化しています。“ら抜き言葉”をOKとする人が増えている日本語の事情に似ています。
- 1) shall:1人称の単純未来は shall。will は不可。
- <例> 〇 I shall be sunbathing in Bora-Bora this time next week.
- × I will be sunbathing in Bora-Bora this time next week.
- (来週の今頃はボラボラ島で日光浴をしていることでしょう。)
- 2) due to:due は形容詞。due to … で前置詞とする用法は不可。
- <例> ○ His absence was due to illness. (彼の欠席は病気のためでした。)
- × Due to illness, he was absent. (病気のために彼は欠席しました。)
- 3) like:接続詞(…であるかのように)として使うことは不可。
- <例> ○ He treats me as if I had no feelings.
- × He treats me like I had no feelings.
- (彼は私には感情がないかのように扱う。)
- 4) hopefully:動詞を修飾する副詞。文全体を修飾する用法は不可。
- <例> ○ “Are you free tonight?” I asked hopefully.
- (「今夜、時間がありますか」と私は色よい返事を期待して尋ねた。)
- × Hopefully, we’ll arrive before dark.(暗くなる前に着ければいいのだが。)
- 5) 疑問詞・関係代名詞の who:目的格は whom。who は不可。
- <例> a. ○ Whom did you see at the party?
- × Who did you see at the party?
- (パーティーでは誰に会いましたか。)
- b. ○ Obama is a president whom I respect very much.
- × Obama is a president who I respect very much.
- (オバマは私が大いに尊敬する大統領だ。)
● 規範に忠実な英と奔放な米?
「……と言います。ただし、米(の口語)では……と言うこともあります」――英文法を教える際の常套句です。デフォルト(標準)はイギリスの英語であり、例外規定のアメリカ英語はしばしば規範からの逸脱を含意しています。上で挙げた“誤用”の多くも、実際そうかどうかはともかく、米側から広まった悪癖と思われがちです。
このアメリカ英語に対するマイナスイメージには歴史的な背景も関わっています。
実は、アメリカ人は長い間、米国の言語学者リン・マーフイー*13のいう「言葉の劣等感(American Verbal Inferiority Complex)」に苛(さいな)まれてきました。イギリス英語の方が superior(優れている)、correct(正しい)、sophisticated(洗練されている)、authentic(真正な)と感じる感覚です。
*13 https://separatedbyacommonlanguage.blogspot.com/2007/09/diapers-nappies-and-verbal-inferiority.html
それに対して、英語の本家意識が強いイギリス人は「言葉の優越感(British Verbal Superiority Complex)」を持ち、アメリカ語法(Americanisms)をしばしば decline(堕落)であり、sloppy(いい加減)であると蔑視してきました。
しかし、今は勢いはアメリカ英語の方にあります。言葉の交易の面では、もはや英側の大幅な輸入超過と言ってよく、例えば、英でも仮定法現在が頻繁に用いられるようになったのは、英にもともとあった古い形が復活したというより、アメリカ英語からの逆輸入と解釈する方が現実的です。上で挙げた「べからず集」の項目も、かつては辞書で《米》《米略式》《英では非標準》などのラベル表示があったのに、今では英でも一般化したものが多いのです。
だとすれば、英米間の文法上の差異はもはや「優劣」ではなくて、「違い」と考えるべきです。現代の言語学者がいう「方言は優劣ではなく、単なる違いである」という一般論だけが理由ではありません。アメリカ英語も今ではイギリス英語と並ぶ2大変種であり、両者を英語の対等な規範として遇すべきだということです。
● 規範は誰が決める?
私は言葉に関しては保守派で、「見れる」とは言わないし、「美しいです」のような「形容詞+です」の形式にもいまだに違和感があります。でも、そんな私も、本来は「独擅(せん)場」が正しいのに、そうとは知らずに「独壇場」と平気で言っていました。近いところでは、「ご乗車できません」という妙な日本語にも慣れて許せるようになってきました。
言葉の規範は時代とともに変わりますが、では、その時代の規範はどのようにして決められるのでしょうか。
- The young can sometimes be wiser than us.
(若者の方が私たちより賢明なときがある。)
英国のエリザベス女王が1998年に行った恒例のクリスマスメッセージの一節です。これにアメリカ人の語法専門家エリック・ウェンズバーグがかみつきました*14。than の後に目的格の us を用いるのは「誤り」だからです。“I understand the Monarch is keen to sound unpretentious but she has gone a bit far this time.”(女王がもったいぶった言い方を避けようと努めておられるのは分かるが、今度ばかりはやりすぎです。)
政治家やBBCの英語にはとっくにさじを投げ、バッキンガム宮殿を最後の砦と頼んでいたクイーンズイングリッシュ協会*15の会長も、“The Queen has made a frightful howler.”(女王はとんでもない間違いを犯してしまわれた。)と加勢しました。クイーンズイングリッシュ(女王の英語)といえば「正統派の英語」であり、エリザベス女王はそのご本尊のはずですが、さすがに「私がルールです」というわけにはいかないようです。
*14 The Observer、1999年6月8日付。
*15 純正の英語を守るために1972年に設立された英国の団体。現在の名称は The King’s English Society。
英国王が“正しい英語”の基準たりえないなら、英語の諸事に通じ、言葉の品位についても眼識のある文法の専門家に規範を定める権限を委ねるのがよいのかもしれません。
しかし、いくら優れた学者でも個人のバイアスがかかりますし、それに、英語のような広がりを持つ言語の場合、その学者はどの英語を代表しているのかという問題が残ります。いずれにしても、特定の権威者が、What’s English and what’s not(何が英語で何がそうでないか)を決める時代でもありません。
権威者がルールを設けるのではなく、その言語の使用実態を調べて、そこからルールを抽出すべきだという考え方もあります。実際にその言語を使う人の中の多数がそう言うのであれば、それこそがルールだと考えるわけです。まさに“数は力”です。
近年、大量のテキストをデータベース化したコーパスを用いる語法調査が普及し、辞書の編纂においても強力な武器になっています。しかしながら、コーパスにも限界があります*16。言語使用者の内観的な判断を問うことは不可欠であり、コーパスの普及によってもそれが不要になることはありません。
*16 コーパスには単純な誤りや偶発的な用法が含まれており、また、わずかの出現例しかなくても、あるいは出現しなくても、十分容認可能な文はいくらでも存在します。例えば、ある用法が特定のジャンルやフォーマルな場面に限られるため、対象とするコーパスでは頻度が低いというケースです。そのような場合は、出現頻度を基準に単純に「まれ」や「誤り」とすることはできません。さらに、意味解釈に関わることは、言語使用者に直接、尋ねる方法によらないとはっきりしないことが多いのです。例えば、日本語でも、「役不足」を「実力に比して役目が軽い」と「役目に対して力量が不足している」のどちらの意味で使っているのかは、本人に聞いてみないと分かりません。
辞書には“正しい用法”を示す役割が期待されています。手前味噌で恐縮ですが、私が編集に携わった『オーレックス』辞典(OLX)のシリーズでは、学者が著した論文や専門書から得られる知見と、大規模コーパスから得られる情報の両方を十分活用しながらも、第三の道として、100余名の英・米在住の母語話者に判断を求める手法を採り入れ、分析結果を Planet Board(PB)という名のコラムとして掲載しました。何億もの母語話者がいる中で、限られた数の一般人の意見を集約したPBは、いわば職業裁判官である文法学者の判決ではなくて、市民の代表として選ばれた少数の陪審員が言葉遣いについて下した評決集です。
例えば、上で挙げた「than に続く形」について、私たちの調査では、“She is taller than I/me/I am.”のうち主格の I を用いる者16%、目的格の me を用いる者86%、I am を用いる者87%となりました(複数回答可)。“柔らかな規範主義”の立場を取る私たちは、この結果と添えられた回答者のコメントに基づいて、「多くの人が『文法的に正しく一般的』と答えた I am を使うのが無難であるが、me もふつうに用いられる」を結論としました(OLX 3 than の項)。
PBは日本で教えられてきた通説――日本国英文法!――を検証することが主目的ですが、その過程で英米間の異同についても多くの情報を得ることができました。通説どおりの違いが見られたもの(<例> already と過去形)もありましたが、英米差がほとんどなかったもの(<例> common の比較形)もあり、興味深い結果となりました。
■文法❷――文を作るためのルール
「文法」には「規範」とは違う、また別のとらえ方があります。「単語を組み合わせて文を作るためのルール」としての文法です。
- a. Go is a lot of fun.
b. 私は学校に歩きます。
a.の文の意味が分かりますか? 正解は、「碁はとても楽しい」です。英語の母語話者なら、囲碁のことを知らなくても、この“go”は「行く」ではなくて「きっと何かの娯楽に違いない」と見当をつけます。なぜならば、“… is a lot of fun.” の“…”は主語であり、名詞でなければならないからです。もちろん、彼らはいちいち「主語」や「名詞」といった文法用語で考えることはしませんが、彼らの頭の中に存在する英語の文法が直観的にそう命じるのです。
では、b.はどうでしょう。日本語を学習中のイギリス人が書いた文です。おそらく I walk to school. の直訳だと思われますが、日本語の母語話者であれば、理由は説明できなくてもこの文が「変な文」であることを検知して、「私は学校まで歩きます」「私は歩いて学校に行きます」などと正すことができます。
文法を「文を作るためのルール」ととらえるならば、それがない言語などありはしません。「英米人の子供は文法なんて知らないのにしゃべっているじゃないか」というのは暴論です。
母語・外国語を問わず、文法が言語習得の核を成すのです。母語話者は赤ちゃんの時から生の言葉をシャワーのごとく浴び続けて自ら文法を発見し、内在化しますが、それに対して、すでに1つの言語を獲得し、一般認知能力がある程度高くなった状態から開始する外国語学習者には、文法をルールのセットとして授けることが理に適っています。覚えたルールに従って単語を組み立てていけば、いくらでも新しい文を作れるのですから、こんな実用的な装置はありません。
私たちが教材を作る際、文法を柱の1つに据えますが、その時の「文法」はこの意味、つまり、「べからず集としての文法」ではなく、「文を作るための文法」という意味です。
文法学者の本来の仕事は、“正用法”の審判役ではなく、母語話者の頭の中にあるそれらのルールを解き明かすことです。英語のルールはまだ解明し尽くされているわけではないのですが、幸いなことに英語の文法研究の歴史は長く、理論や枠組みの流行り廃りがあっても、結果として多くのルールが発見され、蓄積されてきました。かつては規範主義的な指南書が尊ばれましたが、今では価値判断を交えずに母語話者の内なる文法を探ろうとするアプローチが主流です。それらの成果をベースに、重要度や難易度なども斟酌しながら、整理し、体系化したものが学習文法として皆さんに提供されているのです。
今回は文法についてお話ししました。
英・米の2大変種の間でルールが異なるし、さらに、英語を母語とする国はほかにもあります。英語を第2言語として日常的に用いている英米の旧植民地の国々も、宗主国の英語を手本としつつ“自分たちの英語”の正当性を主張する時代になりました。
英語圏の現状を考えると、外国語として英語を学ぶ私たちも、英米共通の文法を土台としながら、バリエーションについても多少の知識を持っておくのが賢明です。私は授業や関わっている教材の中で、必要に応じて英米の違いに言及するように心がけていますが、ネイティブの先生方にも自身の英語変種以外のルールも認める寛容さを期待したいものです。
著者の紹介
野村 恵造
元東京女子大学教授。専門は英語学。旺文社の英語辞書LEXシリーズの編集主幹。
検定教科書『Vision Quest Ⅰ、Ⅱ、Ⅲ』(啓林館)の監修のほか、著書に『ジョンブルとアンクルサム―イギリス英語とアメリカ英語』(研究社 2013)、『英語のスタイル―教えるための文体論入門』(共著 研究社 2017)、『言葉から社会を考える―この時代に〈他者〉とどう向き合うか』(共著 白水社 2026)、『言葉にこだわるイギリス社会』(共訳 岩波書店 2003)など。



