イギリス英語とアメリカ英語 #2 発音の違い

多種多様な英語が飛び交うこの世の中で、私たちには、さまざまなタイプの英語を理解する力が必要とされています。
まずは2つの主軸となるイギリス英語とアメリカ英語の違いをしっかり理解することから始めましょう。このコラムでは、旺文社『オーレックス英和・和英辞典』編者の野村先生が、両者の違いを楽しくレクチャーしてくれます。
*本記事では、イギリス人の発言として用いられる場合は英式の綴り、アメリカ人の発言として用いられる場合は米式の綴りを採用しています。
トマトジュースをお願いします!
A: Would you like something to drink?
B: Tomahto juice, please.
A: Tomayto?
B: Tomahto!
米国便の機内での会話です。A はアメリカ人の客室乗務員で、B は学生時代の私。トマトジュースをお願いしたところ、怪訝(けげん)な顔で「トゥメイロウ?」と聞き返されたので、英国発音の/トゥマートウ/*1 がお気に召さなかったのかと思い、ちょっとムキになって再び「トゥマートウ!」。
私は昔から/トゥメイロウ/という米音がどうも好きになれず、そこは譲れません。今、考えると単に聞き取れなくて確認されただけだったのかもしれませんが、若かった私は「すわ、英米語戦争勃発か」と気負い立ちました。
*1 / / は発音を表します。
後日、あるサイト*2 でこんな文章を見つけました。私と同じこだわりを持つイギリス人がいて嬉しくなりました。どうやら tomato は英米対決の象徴のようです。
I think our distaste for the American accent*3 can be summed up in one word: Tomato.
I’m sorry, I couldn’t stand pronouncing it ‘to-may-to’. I could learn to say ‘parking lot’ instead of ‘car park’, ‘cell phone’ instead of ‘mobile phone’, and even pronounced ‘progress’ as ‘prah-gress’, but never could I bring myself to say ‘tomayto’.
(アメリカ英語に対する私たちの嫌悪感は1つの言葉に凝縮されています。それは tomato。申し訳ないけど、/トゥメイロウ/と発音することには耐えられません。なんとか頑張って car park(駐車場)、mobile phone(携帯電話)の代わりに parking lot、cell phone と言えるようになってもいいし、何なら progress を/プロウグレス/ではなくて/プラーグレス/と発音したことさえあります。でも、/トゥメイロウ/だけはどうしても無理です。)
*2 https://www.quora.com/log/revision/170177087
*3 ここでいう accent は「強勢」ではなく、「(方言に特有の)発音、なまり」を指します。
■発音の英米差
日本の学校や映画で耳にすることが多いのはアメリカ英語ですが、首相の会見、王室メンバーの発言などメディアを通じてイギリス英語に触れる機会も増えてきました。
イギリス英語とアメリカ英語の一番大きな違いは発音です。次の文が2通りに読まれていますが、違いが分かりますか。
- There’s nothing better than a hot bath after a hard day’s work.
(一日忙しく働いた後は熱い風呂に勝るものはない。) - 音声:1番目
- 2番目
1番目が英、2番目が米です。音声学的にはイギリス英語とアメリカ英語にはさまざまな違いがありますが、代表的な特徴は以下の4つです*4。
*4 今回の話は標準アクセント(英は Received Pronunciation (RP、容認発音;俗に BBC English) 、米は General American(GA、一般米語;Network English とも呼ぶ))に限定しています。
1.hard、 work
日本人が思い浮かべるアメリカ英語らしさといえば、何といっても母音(日本語でいえば「アイウエオ」にあたる音)が r の音色を帯びる現象でしょう。英では hard や work のような、母音の後の r を読みませんが、米では舌先を上に反らせたり、舌全体を後ろに引きながら盛り上がらせたりして発音します。
専門的には r を発音する方を rhotic(ローティック、r-ful)、しない方を non-rhotic(ノン・ローティック、r-less)と呼びます。英語の母語話者は、r を発音する陣営(GA、カナダ、イングランド南西部、スコットランド、アイルランドなど)と、発音しない陣営(RP、オーストラリア、ニュージーランド、南アフリカなど)に大きく二分されます。
hard と work では母音自体が違い、さらに r の英米差もあるので要注意です。hard の母音は、英米とも始まりは舌の奥の方をできるだけ下げる/ア/(日本語の「ア」よりずっと奥の方を使う音で、あくびをする時の声に近い)で、英はそのまま伸ばしますが、米ではその音からスタートして次第に舌を反らせて r の発音に移ります。それに対して、work の母音は、口を閉じ気味に発する/ア/を伸ばすのですが、この単語の米音は hard とは違ってはじめから舌を反らせて r の音を伸ばします*5。
*5 発音記号は hard /英ɑ: |米ɑr/、work /英ə: |米ɚ:/。
hard に work の母音を使うと、heard に聞こえてしまいます。英語で話すとき、日本語の発音で代用できる音もありますが、母音に関しては正しく発音しないと他の語と取られます。例えば peat-pit、pat-putt-pot は綴りが違いますが、耳で聞く場合は母音によって区別されるのです。
2.bath、 after
もう1つの大きな違いは、bath、after のような単語の a の発音です。英が hard と同じ広い/アー/であるのに対して、米では/ェア/になります(cat の a)*6。ask、aunt、can’t、chance、class、dance、example、half、last、laugh、pass などの a も同様です。ask が代表的なので ask-words と総称されます。
*6 発音記号は /英ɑ: |米æ/。
3.hot
hot の母音も特徴的です。英では/オ/、米では/ア/ですが、米の/ア/は上記の hard の出だしの母音で、英の/オ/はその米音に唇の丸まりが加わった音です(/英 ホット|米 ハアット/)*7。どちらも日本語の「オ」「ア」とは別物です。god、rock、odd などの o も同様です。
*7 発音記号は /英ɔ |米ɑ(:)/。
4.better
母音に比べると子音の英米差は少ないのですが、それでも better のように母音ではさまれた t には顕著な違いがあります。
英ではこの場合も本来の t として発音します。英語の t は、日本語の t よりも舌先を少し上(歯茎)にしっかり着けて、思い切り破裂します。
それに対して、米では日本語のラ行のように舌先で上の歯茎を軽くたたくだけの音になり、better は/ベラー/のように聞こえます*8。city/スィリー/*9、Not at all. /ナ ラ ロー/なども同様です。冒頭に挙げた tomato が/トゥメイロウ/となるのも同じ理屈です。
*8 little のように母音と l にはさまれた t も米では/リルー/のように発音されます。
*9 silly の l は舌先を歯茎にしっかり長めにつける別の音です。
■ステレオタイプ
英米人は互いに相手の英語のことをどう思っているのでしょうか。
個人の好みや経験によって異なるので過度な一般化は危険ですが、映画やメディアを通じて形成されるステレオタイプは確実に存在します。それぞれの英語を特徴づけるときによく使われる形容詞をご紹介しましょう。
イギリス人はアメリカ英語のことを「cool(かっこいい)、popular(庶民的)、casual(形式ばらない)、friendly(親しい)」「loud(騒がしい)、overconfident(自信過剰の)」などと評します。
ネットでイギリス人がアメリカ英語のものまねをする動画をいくつか見出すことができますので、チェックしてみてください*10。
*10 例えば、この動画。また、 こちらの動画にはアメリカ人にも人気のある俳優ヒュー・グラントがアメリカ英語の発音に挑戦するくだりがあります。
一方のアメリカ人はイギリス英語に対して「refined(上品な)、intellectual(知的な)、 sophisticated(洗練された)」「stiff(堅苦しい)、stuffy(古臭い)、arrogant(傲慢な)、posh(気取った)」などのイメージを持っています。
アメリカ人たちと話しているとイギリス人が俎上(そじょう)に載ることがありますが、彼らが真似るイギリス人は決まって“ざーます奥様”です。
映画やドラマではこれらのステレオタイプを利用した演出が行われます。高視聴率を誇ったアメリカの sitcom(連続コメディー)Friends では、主人公の1人であるロスが大学での講演で格好をつけようとして突然イギリスアクセントになってしまいます(第6シーズン第4話)*11。
*11 こちらの動画で紹介されています。
■好感度
ある調査によると、イギリス人はアメリカ英語を「好き(attractive)11%、嫌い(obnoxious)16%、どちらでもない(neither)69%」、それに対してアメリカ人はイギリス英語を「好き35%、嫌い6%、どちらでもない49%」という結果で、イギリス英語の方が好感度は高いようです。それを報告する記事は、“the love is all one-way”([アメリカ側の]片思い)という小見出しに続き、本文を次の1文で始めています。
It’s a famous stereotype: in America, a British accent makes you irresistible to the opposite sex.(よく知られたステレオタイプがあります。それは、アメリカでは英国アクセントの持ち主は異性にモテモテというものです。)
実際、特にアメリカ人女性にとってイギリス英語は sexy だという声をよく聞きます。
米紙の USA TODAY は、“American women tend to find the British accent to be quite sexy. It’s somehow softer, more intimate.”(アメリカ人女性は英国アクセントをとてもセクシーと感じるみたいです。どことなくソフトで親しげです。)というオンライン結婚相談所の分析を載せています*11。
*11 “U.S. actresses go for British men”(2002年12月26日付電子版)。
英国の高級紙 Independent も同様の見解を示しています。“Whether it’s to find their very own Hugh Grant or Prince Harry, or to keep themselves endlessly entertained with the accent, it is a fact that American women love British men.”(自分自身のヒュー・グラントやハリー王子を見つけるためなのか、英国なまりにずっと浸っていたいからなのかはともかく、アメリカの女性がイギリス人男性を好きであることは事実です。)*13
*13 “Why American women love British men”(2018年5月16日付電子版)。
クリスマスのロンドンを舞台に、さまざまな男女のラブストーリーを同時進行で描くロマンティックコメディー映画 Love Actually(2003年)では、彼女いない歴を更新中のコリンが冷たいイギリス人女性に見切りをつけて「そうだ、アメリカに行こう」のノリで大西洋を渡ります。彼いわく “American girls would seriously dig me with my cute British accent.”(アメリカのギャルならマジでオレのキュートなイギリスなまりでイチコロさ)!
今回は発音の違いをレビューしました。“England and America are two countries divided by a common language.”(イギリスとアメリカは共通の言語によって分かたれた2つの国だ)と言われますが、同じでありながら異質の言葉を持つ両国の関係をうまく言い表した名言だと改めて感じます。
著者の紹介
野村 恵造
元東京女子大学教授。専門は英語学。旺文社の英語辞書LEXシリーズの編集主幹。
検定教科書『Vision Quest Ⅰ、Ⅱ、Ⅲ』(啓林館)の監修のほか、著書に『ジョンブルとアンクルサム―イギリス英語とアメリカ英語』(研究社 2013)、『英語のスタイル―教えるための文体論入門』(共著 研究社 2017)、『言葉にこだわるイギリス社会』(共訳 岩波書店 2003)など。
