時代とともに新しく生まれ、変化していく「言葉」。グローバル言語として使われる英語には、日本ではまだまだ認識されていない言葉があります。その誕生には、どんな社会的・文化的背景があるのでしょうか。キニマンス塚本ニキさんに「生まれたばかりの英語」について解説いただき、一緒に「新しい概念」について考えてみましょう!

(注意:この記事には性被害や自死に関する記述が出てきます)

algospeak(アルゴリズム対策の新言語)

●「音楽フェス」の告知に隠された本当の意味

去年の夏、アメリカ各地のコンテンツクリエイターたちが、ロサンゼルス、ポートランドやワシントンD.C.などで開催される「音楽フェスティバル」の告知を一斉に始めました。誰もが参加できる24時間のフェスティバルに「踊って叫んで声をあげよう!」と彼らは動画で参加を呼びかけましたが、どんなアーティストが出演するのか、どこでチケットを購入するのかなどの情報はどこにもありません。

それもそのはず、この「音楽フェスティバル」は憲法違反で人権侵害にあたると激しい批判を集めている政府機関ICE(移民・税関捜査局)の取り締まりに抗議する「大規模デモ」の隠語 ー SNSのアルゴリズム対策として生まれた algospeak(アルゴスピーク)だったのです。確かによく見てみると、「音楽フェスティバル」の告知動画の多くには、寒さに凍えて青い顔をした人の絵文字や、氷の絵文字が使われていました。ICEの文字表記を避けて「氷」や「冷たい」を表す絵文字で代替していたのです。一体なぜ?

今回はSNS発祥の新言語アルゴスピークがどのような背景で生まれたのか、一般的なネットスラングとどう違うのか、そして人々のリアルにおけるコミュニケーションにどのような影響を与えているのか、解説します。アルゴスピークにまつわる現象や世論を読み解くと、AI時代のインターネットから広がるカウンター・カルチャーの現在地が見えてくるでしょう。

●NGワードで規制されるリスクを回避する秘密の暗号

私は以前からInstagramでメンタルヘルス啓蒙や政治・社会問題について発信する海外のアカウントを多数フォローしているのですが、数年前、たまに動画の中でふしぎな言葉が出てくることに気付きました。例えば、自死や殺人に関する投稿に suicide や murdered という言葉の代わりに出てきた、“unalive” という聞き慣れない単語。こんな英単語あったっけ? と調べたところ、一説によると2013年頃に出現した造語で、この数年間でネットを中心に広まっている新語だということがわかりました。

ポルノの有害性について解説するショート動画は porn と言わずに “corn”、あるいはトウモロコシの絵文字で代替し、性被害について語るポストは “rape” の代わりに “grape”、またはブドウの絵文字で表される投稿にも慣れてきました。“le dollar bean” という意味不明のようなワードも、セクシャルマイノリティ当事者が「レズビアン」という言葉を使うと過度に性的な文脈で解釈されるリスクがあるため、lesbian の s を $ に見立て、bian の発音をもじることで生まれたアルゴスピークです。英語圏TikTokやInstagramにはこのようなアルゴスピークがなんの説明もなく飛び出てくることが日常的にあります。

なぜクリエイターたちがわざわざこのように隠語や絵文字で自主規制しているかというと、公序良俗などに関する利用規約違反であるとAIアルゴリズムに自動的に判断・検閲された場合、投稿が削除されたり、収益化できなくなったり、シャドウバン(検索結果やタイムラインに表示されないなど、露出が制限されること)されたり、最悪の場合、アカウントが突然凍結されることもありうるからなのです。アルゴリズム(algorithm)規制によって言論の自由を制限されないために話す(speak)言葉だからアルゴスピーク、というわけです。

実は各SNSプラットフォーム運営企業は具体的なNGワードを明確に公開していない上、シャドウバンの実施も否定しています。しかし、「政府批判をした投稿がふだんより圧倒的に閲覧数が少ない」「専門家として性教育の啓発目的で出したショート動画が規約違反だと削除された」など、数多くのユーザーたちの体験談を読んでいるうちに後味の悪さは確実に募ります。誰がどのような基準で自分たちの言論を規制しているか分からない以上、ネットユーザーたちが対策を講じるのは自然な流れでしょう。

●アルゴスピークから生じる混乱やミスコミュニケーション

20年前の2ちゃんねる界隈を思い出すと、会話に出てくる言葉やミームの意味が分からない新参者は「まずは半年ROMれ」(新しいWeb掲示板等を訪れた際は「しばらく書き込まず読むだけにして、その場のルールを覚えろ」のニュアンス)と一蹴されるのがありがちなパターンでした。当時と比べて現代のネットの拡散力は桁違いに速くなり、トレンドも数週間から数カ月というとても短いスパンで変わっています。そのようなネット空間でアルゴスピークは一部の層にしか浸透していないうちに広く拡散され、その結果、オンラインでもリアルでもコミュニケーションの齟齬や炎上を引き起こすケースが多数起きているのです。

たとえば、シアトルの Museum of Pop Culture(ミュージアム・オブ・ポップカルチャー)で、ニルヴァーナのフロントマン、カート・コベイン(注:日本では「コバーン」表記が一般的ですが、ここでは実際の発音に合わせます)の写真の横に “Kurt Cobain un-alived himself at 27.” と書かれた解説パネルを展示していたことが2024年に話題を集め、ネット上で議論が巻き起こりました。

1994年の人気絶頂期に27歳で自死し、今でも数多くのファンに愛されているコベインですが、「オブラートに包みすぎてあまりにも過剰な配慮だ」「ふざけたネットスラングで故人を冒涜している」といったものから、なかには「こういう言葉の検閲や自粛こそオーウェルが『1984年』で警告していたことだ」という批判まで上がり、多くの人々が博物館という場所に突如現れた奇妙な新語に警戒心や不快感を抱いたようです。

しかし、ニューヨーク・タイムズのベストセラー書籍 “Algospeak: How Social Media is Transforming the Future of Language” の著者で言語学者のアレックス・アレクシクは、もし10代の小学生や中学生が課外授業でこの博物館を訪れていたなら、彼らはこの表現に特に違和感を覚えなかっただろう、と主張します。なぜなら “unalive” は今のSNSネイティブの子供たちにとって、オンラインでもリアルでも普通に使う言葉になっているからです。

さらにその前年の2023年、TikTokである男性クリエイターが「マスカラ」というアルゴスピークを使って自身の性被害の経験を告白した際、「マスカラ」が男性器(または性行為)の隠語だと知らなかったある女性俳優が彼をコメント欄で茶化した件が炎上しました。「彼はメイク道具の話をしているかと思っていた、まさか性被害の話だなんて知らなかった」と彼女はその後、謝罪動画で弁明していますが、一般常識とはいえない知名度のアルゴスピークを知らないだけで炎上してしまったのは、さすがに不憫(ふびん)な気がしました。

●アルゴスピークは権力への不信感と抵抗の象徴

アルゴスピークは英語だけにとどまりません。あるメキシコのニュースポータルサイトでは、自社のFacebookアカウントの投稿に「犯罪」「射殺」「薬物」などの単語が含まれると、閲覧数が激減する現象が続いていました。そこで ”unalive” のスペイン語版として “desvivir” を造語し、麻薬密輸人を意味する “narco” を “n@rcø” と記載するなどして対策を試みたところ、閲覧数がすぐに元通りになったと報告されています

近年、日本でも海外でも、テック企業と政治の癒着が問題視され、個人の情報保護のあり方が疑問視されるなど、監視社会への懸念が高まっています。前述した通り、SNS運営企業はアルゴリズム規制やシャドウバンの実態を公開していないので、多くのユーザーは「想定外の理由で検閲されかねない」という危機意識から暗号めいた隠語などを使った発信を強いられていると感じています。今はまだニッチな若者言葉とされている言葉ですが、このネット社会の動きが今後のリアルなコミュニケーションにどう影響を及ぼしていくのか、気になるところです。